1:世界
 
 歩行者用信号が赤になるとすぐに待っていましたとばかりに沢山の車たちが一斉に動き出した。
 ハーマイオニー・グレンジャーは次に歩行者用の信号が青になるのを待つ人々の最前列に立ち、大通りを行き交う車の群れをじっと睨んでいた。
 夏期休暇が始まって今日で一週間。つい先日まである意味では全く違う次元で生活していたハーマイオニーにとってマグルの町の忙しないリズムは何だか不思議な気がした。
  たった三年なのに……。
 たった三年、マグルの生活から遠ざかっていただけでハーマイオニーのマグルとしての価値観は随分変わってしまった。
 以前は、基本的に全ての現象には原因と結果があるものだと思っていた。そして、自分の目で見たもの以外は信じない、とも。幽霊、妖怪、物の怪の類の話が持ち上がる度に否定してきたし、身の回りで起きた不思議なことは全て、気のせいだと片付けてきた。
 それが今はどうだ。
 幽霊、妖怪の友達は当たり前。四六時中、摩訶不思議現象に取り囲まれ、その状況を歓迎している自分がいる。あまつ、マグル的には極々一般的な事柄にはつまらないとさえ感じるようになってきた。
 現に、こうして大人しく信号待ちをしている今でさえ、
  あの車がいきなり空を飛んだりしないかしら……。
などと考えている。
 根本的に、何かが変わってしまったのだ。
 恐らく、今の自分にマグルの世界で魔法を使わずに生活をしろといったらきっと無理だろう。夏期休暇の間ですら辛いのだ。一月、二月……三月ももたないに違いない。それほどまでに、ハーマイオニーの中で魔法≠ニいうものは大きな位置を占めている。
 それでも、ハーマイオニーはマグルであり続けようとする。
 自ら進んで希望をすれば、どうにかして夏の間もホグワーツに留まることは可能だろう。ホグワーツは無理だとしても、何らかの方法で魔法界にいられるはずだ。でも、ハーマイオニーはあえてそれをしない。両親の問題云々もあるが、やはり年に一度くらいはマグルの世界で暮らしたかった。それくらいしか、ホグワーツに行く以前のマグルの自分を証明する術がなかったから。
 マグルであることを恥じたことは一度もない。寧ろ、誇りに思っている。
 マグルにはマグルなりの良さというものがあるのだ。純血に生まれ、此方を知らずに育つよりかははるかにマシだ。両方を理解することのできる自分はきっとしあわせものなのだ
 ただ、先の事はわからない。
 一年後、二年後……ホグワーツを卒業してから先も魔法界で生活するのかどうかも。もし、マグルとしての生活に戻るのならば……。そう考えると少し、胸が痛かった。今のハーマイオニーはあまりにも価値観の比重を魔法界にを置きすぎている。マグルの生活を窮屈に思うくらいに。
 本当ならば、マグル、魔法族という分類をする時点でおかしいのだろう。だが、そういう意見を持っている人は世にも珍しいらしく、ハーマイオニーの今まで出会ってきた中でも片手の指で数えるほどしかいない。
  いつか……皆がそういってくれればいいのに……。
 マグルであれ、魔法族であれ、同じ『ヒト』なのだと。
 嬉しければ笑い、悲しければ泣く。
 切れば傷口からは同じ赤い血が出るのだと。
 実際問題として、それは不可能に近かったが。
 それでもハーマイオニーは夢を見る。
 例え、可能性が一パーセントにも満たない僅かな数でも、ゼロにならない限り。不可能が可能に変わるその瞬間を。
 無理ではない筈だ。此方も向こうも同じ世界という一つの枠組みの中に存在しているのだから。
  だから、その日まで私はマグルであり続けよう。
 魔法族の中にマグルである私を受け入れてくれた人達がいるように、マグルの中で魔法族である彼等を受け入れられる存在になろう。
  隔たりがなくなったその時は、ロンドンのメインストリートであるこの通りで車でも飛ばそう。
 ハーマイオニーがそう思った瞬間、歩行者用信号は丁度GOサインを出した。







たわごと