11:封印 |
「ぜんせぇ?」 メルティーナはなんとも間の抜けた声をだした。『前世』ときちんと発音できてすらいない。才女の彼女らしくない、そんな声だ。 「まさか、ここまできてそんな単語を耳にする日がくるとは思わなかったわ」 と、メルティーナは苦笑した。 戦乙女もヴァルハラも存在するのだ。前世の一つや二つあったところで不思議はないから。想像もつかなかった。と、メルティーナはいう。 「そうね、一魔術師としていわせてもらえば、興味深いわね。私たちがエインフェリアになったことは戦乙女と神々の世界の証明にはなるけれど、それが前世の証明にはならないものね」 もっとも、エインフェリアは現実世界に戦乙女の力なしでは実体化できないので、それを証明してみせる相手もいないのだが。 そう問うと、「わかってないわね」と返された。 「魔術師は探求する生き物よ。この世の理を漠然としたものではなくて、形態立てて理論として構築すること。別に誰かにみせびらかしたくて研究してるわけじゃないのよ」 まぁ、学長なら違うことをいうんでしょうけど。と、メルティーナは小さく付け足す。 「とにかく、そのために知識が必要で魔術は不可欠なの。前世もそうよ……それが、世界を知るために欠かせないなら、私にとって必要よ」 では、一個人としては? と訊くと、メルティーナは驚いたように目をみはった。そして、少しの間視線を宙にさまよわせ、ゆっくりと口を開く。まるで、自らその言葉を確認するかのように。 「あっても、なくても、いいんじゃない。たぶん――私には前世を体感することなんてできないんだもの。どっちにしろ」 言いながら、尚、メルティーナは何かを思案しているようだった。 「でも、そうね……あったら、おもしろそうね」 * * * 「関係ねぇな」 というのが、アリューゼの答えだった。 二度、三度と愛用の大剣を振り下ろす。 その動作には素人目にみても乱れがない。 型の練習を止めもせずに彼は応える。 「生まれる前のことなんて知ったことじゃねぇ。そこまで責任もてねぇよ」 はっ!と気合いを入れると、アリューゼは動きの軌跡を変え、大剣を真下に振り下ろした。 カンっと渇いた音を立てて薪が割れる。 「ほらよ」と差し出された薪を回収しながら(何せ、野宿するのに薪がなければ話にならない)、メルティーナに言われたように、あればおもしろいとは思わないかと、訊いてみる。 「思わねえよ」 アリューゼは即答した。「俺は俺だ。前世だろうがなんだろうが、今の俺以外は俺じゃない。だから、関係ねぇし、興味もねぇ」 その答えはあまりにも決然としすぎていて、それ以上何かを訊くことは躊躇われた。 * * * 「そんなことを訊いてどうする?」 レナス・ヴァルキュリアは片眉を上げると問い返してきた。 興味があるから。と告げると、彼女は「そうか」と短く応え、そのまま黙りこんでしまった。 「……率直にいおう。確かに、私は『答え』を知っている。何故なら私が神だからだ。だからそれは神の理論での答えだ。人間であるおまえが聴いても理解できないだろう。仮に理解できたとしても、納得できるとは思えない。それでもいいなら答えよう」 それでもいい。と、すぐに応えることはできなかった。 人間だからと軽んじるような言い方にはすぐさま『そんなことはない』と反論したかったのだが、どこかで『それならば仕方ない』と思っている自分がいる。 逡巡が伝わったのか、ヴァルキリーは苦笑した。 「ならば、ヒントをだそう」 答えは自力で出せ。そういうことだろう。 「私達運命の女神は三人いる。伝説だな。一人目の運命の女神が運命の糸を紡ぎ、二人目の運命の女神が糸の長さを図り、三人目の運命の女神が糸を切る。さて、ここで切られた糸は何を現しているのだろうか。おまえはその中に組み込んだら今どこにいる?」 「……」 「切られた糸がおまえの生なら、死んだおまえは糸から逸脱したのだろうか。それともおまえに糸は存在しない?」 後は自分で考えろ。 というと、ヴァルキリーは微笑した。 あなたのいう答えをだすことはできないかもしれない。 小さく漏らしたのを聞きつけると、ヴァルキリーは「かまわない」と続ける。 「それが、おまえの出した結論なら、おまえにとってはそれが紛れもない答えで、正解だ。そうだな――おまえが出した答えを私も知りたい」 そう結ぶと、ヴァルキリーは、帯剣の留め具を確認する。いつでも抜刀できることを確かめると、銀色の戦乙女は瞳を閉じて、静かに呼吸をした。 眼下には廃墟となった旧都が広がっている。 廃墟には、何もない。 現在も廃墟であるならば、未来も廃墟なのだ。時間は無意味に淡々と流れていく。 廃墟は朽ちるのを待つだけだ。 ただ、封印された過去という時間の産物を抱えて。 「――……いくぞ」 亡失都市ディパン――時間を止めた都市。 それは、静かに彼らを待っていた。 |
たわごと |