12:聖域

 王都にある病院の一室から、イザベラは外をみていた。
 窓の外には見慣れた王都の街並みが広がっている。
 師について塔を出てから数年。
 物心つく前から人生の大半を過ごした塔が故郷のようなものだとすれば、彼女にとって、王都は現在の居場所だった。
 そして、それは今、急速に失われようとしている。
 否、それすらも、といったほうがいいかもしれない。

 今回、一連の結果を成功というのか失敗というのか、それはわからない。目的を達成できたという意味でならば成功だし、予想以上の――多大なる犠牲を出したという意味では失敗だろう。
 重要なのはそんなことではない。
 生き残ったのは、ほんの僅かだ。
 キリランシェロ
 そして彼の連れ達
 最も、彼等も喪った者がないわけではないが。
 十三使徒で戻った者はもっと少ない。
 プルートー
 マリア・フゥオン教師
 計一桁の魔術士達
 そして、彼女。
 数百を数えた十三使徒は、今やその数を100分の1ほどにまで減らしていた。それでも、尚、十三使徒が瓦解しないのはプルートーの存在によるところが大きいだろう。
 彼がいる限り、十三使徒は消滅しない。

 マリア教室は壊滅した。
 「マリア教室」という名称自体はとうに――マリア・フゥオン教師が塔を出たときに無くなってはいたけれど。それでも、彼女達は「マリア教室」の人間だった。
 「十三使徒のイザベラ」である前に、彼女は「マリア教室のイザベラ」だった。
 しかし、
 イールギットは死んだ。
 他の皆も。
 重要なのは、
 皆がもう戻ってはこないこと。
 死んでしまったこと。
 永遠に――喪われてしまったこと。
 それだけだ。
 そして、彼女は生き残った。
 生き残って、しまった。
 『マリア教室壊滅』
 塔にいたら、そんなゴシップでもたったのだろうか。と、ぼんやり考え――そして、否定する。
 他でもない、マリア・フゥオン教師が残っているのだ。塔にいたら、口が裂けても『マリア教室壊滅』だなんて口に出す者はいないだろう――プルートーがいる限り十三使徒が消滅しないように、マリア・フゥオン教師がいる限りマリア教室は壊滅しない。
 生徒がいなくなっても、マリア・フゥオン教師がいる限りマリア教室はなくならない。
 最も――本人がどう思っているのか、それは明らかだが。

 何れにしろ、彼女は生き残った。
 大陸の寿命を――人間の居場所を賭けて戦って。
 そして、自らの居場所を亡くした。
 貴族連盟は、直に、全ての十三使徒に対して王権反逆罪を適用するだろう。そうすれば、もう王都にはいられない。それどころか生命すら危ない。大陸全土を敵に回すことになる。キリランシェロは魔王として既に手配された――時間の問題だ。最後に残ったものも急速に失われようとしている。
 そこまで思考し、彼女は苦笑する。
 まだ失くしたくないものが――自分を亡くしてしまいたいと思わないことが不思議だった。
 同志を亡くし、友人を亡くし、そして家族を亡くした――これ以上亡くして惜しいものなどないと、確かにあの時は思ったはずなのに。

 ふいに扉が控えめにノックされた。コンコンと規則正しく二回。
 「……補……イザベラ教師補」
 扉の向こうから遠慮がちに呼びかける声には覚えがあった。キリランシェロの愛弟子――そして、いつの間にか自分の弟子になっていた少年だ。
 面倒だから弟子はとらない、と公言していた自分が弟子をとる羽目になるなんて。一体何の因果だろうか。
 「今行くわ」と応え、彼女はもう一度、窓の外に視線を向ける。
 窓の外には、見慣れた王都の街並みが広がっている。黄色い砂の絶えた、美しい世界が。その向こう、遥か先には、主のいなくなった森が静かに佇んでいる。

 聖域――そこは、彼女の最も忌むべき場所となった。







たわごと