17:雷鳴

 夏の終わりの空気は、秋のにおいがする。
 吹く風はもう大分涼しくなって、おひさまのかおりのなかにほんの少しだけ乾いた葉っぱのものがまじっている。
 「ミストー、ミストー」
 クリーム色の仔猫は探している相手の名前を呼びながら、庭を歩きまわっていた。
 ふかふかの芝生を踏みしめると、ほんの少しだけかさかさする。そこにもちょっとずつ秋がまじってきていた。
 「ミストー」
 「バブ」
 周りをきょろきょろと見回すと、すぐ近くの木から見慣れた黒い尻尾がにょろんと垂れ下がっていた。
 「ミスト」
 シラバブが登ってこようとするのを手で制すると、ミストフェリーズはすとんと地面におりる。
 「どうしたの、バブ?」
 「おにいちゃんが、『お茶の時間だから呼んでこい』って」
 「ありがとう」
 「今日のおやつはもものタルトだよ」
 きかれもしないのにシラバブはいった。
 桃のタルトはシラバブのおきにいりだ。
 さくさくのタルト地としっとりとした桃の組み合わせ。生地の砂糖をひかえめにして、熟した桃の甘味が十二分にひきだされる。
 そのまま食べる桃が一番おいしいのはもちろんだけれど。タルトはタルトで別の楽しみ方がある。
 食べる前から楽しみで仕方ない。
 「ももねー、もう今年はおしまいなんだって」
 夏のはじめにマンカストラップがどこからか桃を貰ってきて。
 たくさん貰ったから食べきれない分はジャムとタルトにした。
 兄猫が作ったタルトがすっかり気に入ったシラバブは、夏の間中ずっと、ことあるごとに桃好きを主張した。
 タルトどころか桃そのものが好きになったようで、『何が食べたい?』と訊くと大体『もも!』とこたえる始末。
 いただきものの桃がなくなった後も、兄馬鹿な我らがリーダー、マンカストラップは桃を工面すべく頑張っていた。
 その結果、例年より桃が食卓に上る回数は格段に多くなった。
 兄馬鹿もここまでくれば立派なものだ。
 「一年中、ももが食べられたらいいのにね」
 「んー……そうしたら飽きちゃうよ?」
 「そうかなぁ?」
 「うん」
 「そっかぁ」
 「夏の間、暑いときに食べるから桃はおいしいんだよ」
 「秋になったらおわかれだね」
 「また次の夏までね」
 桃とかぶるように梨と葡萄の季節がやってきて。
 それが終われば柿。
 柿の次は林檎。
 その次は――
 また桃の季節が巡ってくるまではあっという間だろう。
 ミストフェリーズのヒゲがひくりと動き、右の耳がピンとたつ――雨がくるのだ。
 「いこう、バブ」
 西のほうの空が暗くなってきている。
 季節の変わり目の空模様はいつにもまして気まぐれだ。
 少しおかしいかな、と思ったら一気に崩れる。その逆もしかり。降り出した雨がぱたりと止むこともしょっちゅうだ。
 今はまだ晴れた夏空だけれど、これからやってくる雨は夏の終わりを――秋のはじまりを告げる。
 白くて綿菓子のような入道雲が、黒い雷を伴う雨雲にとってかわられるのにそうそう時間はかからないだろう。
 「雨がふるよ」
 これからは、一雨毎に涼しくなって、秋が深まっていくに違いない。
 「どうしてわかるの?」
 「どうしてだろうね?」
 ミストフェリーズが喉を鳴らして笑うと、遠くの方からゴロゴロと雷鳴が響いてきた。







たわごと