18:異国

 「英国人ってさぁ、寝るとき真っ裸って、本当?」

 いつもの夕方。
 ランクの宿の酒場の空気は、予期せぬ一言に凍りついた。
 「マジ?」
 「ウソだろ?」
 「まっぱって?真っ裸?」
 「全裸?」
 「ぱんつは?」
 「火事になったらどうすんだ?」
 もっともだ。
 寝ている間に火事になって、全裸のまま飛び出したというアホな男の話は東洋の笑い話だけで十分だ。
 「つか、どこから仕入れたネタだよ」
 「モノの本にかいてあった」
 「う゛……!」
 モノの本。
 それがどんな本かはあまり知りたくない。
 「せっかくホンモノの英国人がいるんだ。本人にきけばいいじゃないか」
 「『寝るときは真っ裸って本当ですか?』って?」
 「そうだ」
 アホくさ、とでも言いたげに、ランクが右手をぱたぱたとふる。
 「無理だよ」
 「んな、恐ろしいことできるかっての」
 「勇者だよ、勇者。そんなことしたら勇者だ」
 「笑顔のままコンマ三秒で瞬殺される」
 「自分の命が一番大事だわ、オレ」
 あの、いつの間にやら長期滞在の英国人夫婦が怒ったところは見たことないけれども。見たことがないからかえってコワい。
 奥さんの方はともかく、問題は旦那だ。
 いつも温厚で人畜無害っぽい顔をしているが、
 そういう人間に限ってキレたら見境がなくなるとゆーのは、高確率のお約束だ。
 だからといって、奥さんにそんなことは聞けない。それはセクハラだ。
 だが、旦那にそんなアホなこときいたらどうなるかわからない。
 「いいだしっぺなんだからランクがきけばいいだろう?」
 「そうだ!」
 「そうだそうだ!」
 「ちょっとまて、」
 「またない」
 「自分の発言には責任をもとう!」
 「できないことは口にしないよな」
 「いや、その」
 「口にしたんだからできるよな?」
 「できないなんていわないよな」
 「やればできる!」
 「何事も大事なのはチャレンジ!!」
 ついでにその場のノリと勢いだ。
 丁度そのとき、例の夫婦が滞在している部屋の扉が開いた。
 中からは旦那の方が顔を出し、そのまま階段を降りてくる。
 「こんにちは、フォーダーさん!」
 「こんにちは」
 「おでかけですか?」
 「ええ。ちょっとそこまで」
 と、当たり障りのない挨拶をかわしながら、問題の英国人はフロントまでやってくる。
 「ほら!」と、誰かがランクの背中を押した。
 「あー……御主人」
 「何か?」
 ランクは後ろを振り向き、忌々しげに舌打ちをする。
 他の連中は、こういうことに関してはやけに本気になる。普段の妙な連携も五割り増しだ。
 「英国での生活について伺いたいんですがね」
 「どうぞ?」

 「朝起きて、一番最初にまず何をしますか?」

 英国紳士は一瞬、不審そうな表情をしたが、暫し考え込んだ末に口を開く。
 「ぱんつを穿きます」
 「…………そうですか」
 ああ、異国の感性はわからない。
 と、思いながら、デッドロックの野郎共はこの世にも馬鹿馬鹿しい実験をちょっとだけ後悔した。







たわごと