19:共鳴

 その日、真砂子が教会へと続く坂を歩いていくと、一人の女性とすれ違った。
 その女性は教会から丁度出てきたばかりのようで、駆けるように、足早で道の向こうへと消えていった。
 その様子をまるで逃げるようだと感じたのは、すれ違いざまにみえた彼女の表情が、今にも泣き出してしまいそうなものだったからだろう。
 
 扉を開けると、中では金髪の神父が、静かに、先程まで行われていたのだろう礼拝の後片付けをしていた。
 真砂子が入ってきたのに気付いたのか、彼は視線をこちらにむける。
 「こんにちは。お邪魔いたします」
 「原さん……」
 よう、いらっしゃいました。
 と、彼はいつものように微笑むが、その笑顔はどこかぎこちない。
 「どうかなさいましたか?」
 「え?」
 「少し、沈んでらっしゃるようにみえます」
 「いえ、特に何もないですけど……そういうふうにみえましたか?」
 「ええ。深刻な懺悔でもされたようなお表情でしたわ」
 真砂子がそういうと、彼は苦笑する。
 「……原さんは何でもお見通しですね」
 懺悔ではないが、似たようなものだ、と神父は言った。
 その言葉だけでわかってしまうのは、もしかしたら真砂子が同じ立場だからかもしれない。
 「もしかして、告白でもされたんですか?」
 先程の彼女から。
 神父はその問には答えず、曖昧に微笑って誤魔化した。
 ――それは、肯定したも同然だ。
 「なんて……おこたえになりましたの?」
 神父の返したこたえは容易に想像がつく。
 「『ボクは神父です』と」
 だから、恋愛はできない。しようとも思わない。
 予想通りのシンプルなこたえ。
 これ以上に単純で、そして明確なこたえは早々ない。
 「――……ひどい方」
 彼は正しい。おそらく。
 下手に傷つけまいとやさしい嘘をつかれるよりは、ずっといい。
 きっぱり、すっぱりと断ってくれれば諦めもつく。
 それでも、ひどいと思う。
 心が鳴る。
 誰かもわからない彼女のために。
 「事実ですから。仕方ありません」
 いっそのこと、罵って、軽蔑してくれればいいのに。
 そうしたら、彼を嫌うこともできるのに。
 これでは、どうしようもない。
 ――心が鳴る。
 共鳴する。
 泣き出してしまいそうだった彼女に。
 『仕方ありません』
 と、真砂子もいつかは切られてしまうのだろう。彼女のように。
 それでも、真砂子は彼を恨むことも憎むことも――嫌うこともできない。
彼は神父で、神父を好きになった自分が悪いのだから。
 最初からわかりきっていることだ。
 「――……本当に、ひどい方」
 と、真砂子はもう一度呟いた。    







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