「あら、ここもハズレね」
 ボンバルリーナが店内を見渡すなり、そういった。
 その言葉で、室内にいたいかにもといった外見の連中の視線が彼女に集る。
 「次に行きましょう、ガス」
 当の本人はそれに興味も示さず、何事もなかったかのように踵を返し、戸口から出て行ってしまう。
 ガスは軽く頷き、カウンターにいた無愛想な男に「邪魔をした」とだけ呟き、彼女に続く。
 後ろからは彼が了承する声と、非難の色の声が複数聞こえたが、気にもならなかった。

 *   *   *

 「そろそろ私の心当たりも尽きてきたんだけど……あなたのツテを頼りにしてもいいかしら?」
 「ツテ?」
 ガスは鸚鵡返しに聞き返す。
 「そうよ。この中であの子が行きそうなところってどの辺りかしら?」
 「知らん」
 きっぱりとガスは言い切った。
 「は?知らないって……あなたもここの出身でしょう?」
 誤解をしている。と前置きし、ガスは言う。何やら雲行きが怪しげだ。
 「確かに、俺も昔はこの辺りで生活していた。けれど、それは此処を“赤線”にする前のことだ。リーナ、お前たちが産まれるよりもずっと前のことなんだよ」
 推定ざっと三十云年前。
 「そりゃぁ、その頃の友人が探せば何人かはいるがな。それだけにすぎん」
 「でも……」
 「それに、ここのことだったら、お前の方がきっと詳しいだろう?」
 「あら。そんなことないわよ」
 ボンバルリーナは苦笑し、軽く胸を反らす。
 「私が知ってるのは、どの宿の一番の売れっ子は一晩いくらだとか、一番信頼度の高い避妊具を売っている店はどこかだとか、そんなことだけ」
 「……充分だ」
 ガスは舗装のはがれた道端にしゃがみ込んで、溜息をつく。できたばかりの頃は、この道も綺麗だったのに……。
 「でも、私は此処の全ての店に顔パスなわけじゃないわ」
 あなたみたいにね、とボンバルリーナは悪戯っ子のように瞳を廻らす。
 「……いや、あれは……」
 「いいのよ、別に」
 おかげで助かってるわ。とボンバルリーナは微笑む。
 「――それはともかく」
 何とか話題を違う方向性に持っていこうと、ガスは切り出した。
 「ジェミマは何を好きこのんでこんなところへ?」
 「さぁ……?」
 ボンバルリーナは頬に手をやり、少しだけ考え込む仕草をする。
 「私は、彼女じやないから、何ともいえないけど……寂しかったんでしょうね」
 「は?」
 「ほら、マンカスは子育てが下手だから」
 今ひとつ意味がよく理解できない。
 「新しい兄弟が生まれたときって、上の子は母親の気を引こうと急に反発したりすることがあるらしいわ」
 「あいつは母親か?」
 「……パパよりもママの方が語呂がいいと思わない?」
 そんなことはないだろう。
 「まぁ……別に、パパでもママでもどっちでもいいんだけど」
 ボンバルリーナは長く、細い足を組みかえる。
 「それの延長じゃないかしら?――バブが来てからはマンカスはバブにかかりっきりでしょう。それは仕方がないことだけど。あの子もきっと、頭ではそれがきちんとわかってるのよ。」
 頭の悪い子ではないから。と、ボンバルリーナは続ける。
 「でも、これは理屈じゃないわ。あの年頃の子って、見た目よりもずっとずっと大人だけど、その分、子供な部分は物凄く子供なのよ」
 そんなものだろうか、とガスは思った。子供のいない彼には子供の心理なぞ、とうの昔に捨て去ってきたものであり、覚えてなどいない。けれど……
 アレもそうだった気がする……。
 「多分、あの子が教会から出て、独りで暮らし始めたときに誰かが気付いてあげなければならなかったんだわ」
 「……随分、あの子の肩を持つんだな」
 意外だ、とガスは言う。彼女の性格からいえば“馬鹿は放っておく”とでもいいそうなものだが……。
 「――似たような子を知っているの……いえ、似たような子だった子、といった方が正確ね」
 「――ふ…ん」
 何となく、腑に落ちないという表情をガスはしたが、ボンバルリーナはそんなことなど気にならないようだった。
 「どっちにしろ、此処で問題を起こされたらたまったもんじゃないから……嫌でも首を突っ込んでたでしょうけど」
 「確かに」
 彼女の言葉にガスは苦笑した。
 「――……それで、よ」
 ボンバルリーナは再びガスに視線を向ける。
 「コネとかツテ抜きにして、あの子はどこにいると思う?」
 「だから……」
 「此処での経験と憶測でいいから」
 答えて。とボンバルリーナは真剣に此方を見つめてくる。それでも、ガスの答えは一つしかなかった。
 「知らんといっている」
 「……ガス――……」
 口を開いたボンバルリーナの言葉をガスは遮る。
 「大体、俺は男だ。年頃の女の子の行くところに何か心当たりもクソもあるはずないだろう」
 「――?!」
 「そいうことはお前の方がよく知ってるはずだろう」
 女の子なんだからな。とガスは言う。
 「俺の経験と憶測?そんなもので動いても、むさ苦しい野郎だったら見つかるだろうが、可愛い女の子なんざ絶対に見つからんぞ」
 「…………」
 「お前の後ろをくっついていくから、適当に思った通りに探せばいい。その方がきっといい」
 「――――……」
 「安心しろ、フォローだけはしてやる」
 痛そうに頭を抱えるボンバルリーナと対照に、ガスは何だかとても豪そうだった。


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リーナ姐さん、人選ミス(笑)。
そろそろツメの段階のハズ……。