今でこそ野良猫同様の生活をしているが、タントミールはもともと育ちのいい――俗に言う箱入り娘だった。
 まず、姿形からいって普通の猫とはかけ離れている。
 すらりとした長身に細身の四肢。通った鼻筋に引き締まった口元、そして、すっとした目尻が上品な雰囲気を醸しだす。
 そんな元お嬢、タントミール。野良になってからも気品は失ってなどいない。寧ろ、新しいものを手に入れて、彼女は一層美しくなった。
 ゴミ箱を漁って今日の糧を得ることに何の躊躇いも感じはしない。庭先を掠めたときに投げてくれる魚をもらうことに抵抗はない。
 けれど――留守の知人宅に押し入って家捜しをすることは気が引けた。
 「ねぇ、ジェニーおばさん。これって犯罪だと思うの、私」
 「何が?」
 ジェニエニドッツは戸棚を開け、中のものを次々と引っ張り出しては床に広げ、適当にまた元の場所に押し込んでいく。
 「他人の家に勝手に押し入って物を探すのって良くないと思うわ」
 「大丈夫さ。別に何を盗ろうってわけでもない」
 「でも……だって、これって“がさいれ”と変わんないじゃないの」
 「そうともいうねぇ」
 否定しつつもちゃっかり手だけは動かすタントミール。妙なところで気が小さい。
 「ミスター・ジョーンズが後で知ったらいい気分はしないと思うわ」
 タントミールがそういうと、ジェニエニドッツはけたけたと笑い出した。
 「そんなにジョンのことが心配かい?」
 「そういうんじゃなくてね」
 常識の問題よ。とタントミールはいった。
 「私だったら、留守の間に寝床をこーんなふうにされてたら嫌だなって」
 ぐるりと、部屋中を指す。
 床には色々なものが散らばり、段ボール箱が重なり合い、足の踏み場もない。綺麗に片付いていた部屋の面影などどこへ行ったのやら。
 「後で片付けていけばいいだろう」
 「…………ごめん、もういい」
 はぁ。とタントミールはこれ見よがしに溜息をついた。
 「――ジョンが怒るんじゃないかってのが心配なら、それはいらんことだね。仮に怒るとしても、あんたに対してじゃなくて私に対してさ。もし、それでも心配だって言うなら、ジョンが暇なときに一度、後二人を連れて皆でうちに晩御飯でも食べにおいで」
 ミスター・ジョーンズってもしかしてとっても単純なんではなかろうか。という考えがタントミールの頭を一瞬だけよぎったが、あえて口には出さなかった。
 「…………何さがしてたんだっけ?」
 「何だったかねぇ」
 タントミールは苦笑し、立ち上がると、まだ手を付けていない段ボール箱に手をつけた。
 物の数分もしないうちに、ジェニエニドッツがタントミールの名前を呼ぶ。
 「どうしたの、おばさん?」
 見つかったよ。とジェニエニドッツは一枚の古びた紙を差し出した。
 「“赤線”の権利書だ」
 「…………」
 読めない。という一言を何とかタントミールは抑えた。代わりに、「これ、相手が書いたの?」とだけ聞く。
 「そうだよ」
 道理で。文章になっていないどころか、文字にすら達していない。殆ど猫の手形だか足型だかわからないものがベタベタと押してあるだけだ。
 「昔は全部これだったのさ」
 ジェニエニドッツは何故か得意気に胸を反らす。
 タントミールはどうコメントしていいものかもわからなかった。
 ジェニエニドッツはちらりと壁に掛かった時計を見上げる。
 日没までは後僅か。
 「さて。時間がないね」
 「どこへ行くの?」
 「“赤線”のヘッドに喧嘩売りに」









タントミールは何だかとっても良識派な気がする……。

そろそろ捏造部分のフォローをしないと厳しい……ですね。