ぴんくと、ディミータの方耳が撥ねた。 「ディミ?」 「黙って」 立ち止まり、彼女は静かに目を閉じて深く呼吸をする。再び瞳を開くと、苛立たしげに舌打ちをした。 「――……右は、ダメ。きっと誰かが馬鹿やった」 こっち。と後ろを歩くマンカストラップを振り返りもせずにディミータは歩き出した。何だか先程から敵意をむき出しにされているような気がするのは気のせいではないだろう。 「……ディミ」 「何よ」 「――――……なんでもない」 「あ、そ」 何度同じやり取りをしたかはもう数えるのをとうに辞めていた。 ぴんと張った空気に胃がちりちりとする。ディミータに気付かれないように小さく溜息をつく。そうでもしないと、何よりも先に自分がおかしくなりそうだった。 「あぁ!もうっ……!!」 突然立ち止まったかと思うと、急に振り返り、ディミータはマンカストラップの鼻先に人差し指をびしっと突きつけてきた。 「鬱陶しいのよ、さっきから!!」 と、ヒステリックに怒鳴り散らす。 「どのくらい鬱陶しいかっていうと、なんかもう、背中にきのこが生えそうなくらいに鬱陶しいわ!!」 何かを言い返そうとおもって口を開いたが、結局、反論のしようもなく、仕方なしに「ごめん」という。 「何謝ってんのよ!?余計に悪いわ!!」 逆効果だった。 「あんたっていつもそう。別に自分が悪くないことでもすぐに謝るの。いや、待ってね。今のはあんたが悪いのよ」 はぁぁ。と深く溜息をつき、ディミータはその場にしゃがみ込む。 「休みましょ。つかれた」 「……でも、」 「あんたは男。私は女。ちょっとは気つかってよ?」 マンカストラップは女性と子供とお年寄りには無条件に弱かった。そしてかなしいかな彼女はたとえ自分より強かろうが何だろうが女性だった。 諦めたかのように隣に腰を下ろす。 「で、なんだっけ」 というと、すぐにディミータは「あぁ、そうそう」と続ける。 「あんたがなんですぐに謝るのかっていう話ね。酷いわよね。ようわ、あんたは自分が本当に悪くて心から謝ってる時と同じ言葉でいつもいうの。『ごめん、俺が悪かった』って。それって全く説得力ないわよね。誠実さの欠片もないわ」 とんとん、とディミータは人差し指で顎をたたく。 「嫌よね。私は嫌よ。だから私はあんたが嫌い。あんたの言葉はいつもからっぽ。嘘ばっかり。ううん、嘘より酷いわ。だって、あんたはあんたの言葉で相手がどれだけ傷付くかなんて何も考えちゃいないんだもん。すごいタチ悪い」 やめろ。といったら、彼女は止めてくれるだろうか。 「実際問題あんたは善意の塊よ。これ以上ないってくらいね!誰に対しても優しいし、ひいきしない。自由、平等、博愛の精神だっけ?すばらしいじゃない!」 これ以上はききたくない。 「でもね、だから傷付くひとだっているのよ。あんたには“自分”ってもんがないのよ。ええと、自我じゃないわよ。何ていうの、自分の意志、みたいなの?だから無責任なことでもなんでもほいほい言えるの。それって罪悪よね」 案外、と彼女はいった。 「ジェミマがいなくなったのもそのあたりのせいかもね」 「ディミ!!」 反射的に叫んでいた。 口を噤み、彼女が視線を逸らす。 手が出なかったことがせめてもの救いだ。これで女性に出を上げでもしたら取り返しがつかない。 今、どんな顔をしているだろう。怒っているだろうか、それとも――……。 『あいつは、一番、自分を殺せるから』 ふと、昔誰かがそんなことを言っていた気がしたが、もう思い出せない。 なにごとも、丸く収まることが一番だとおもっていた。だから、少しくらいのことならば曖昧でも良いとおもっていたし、それなりの嘘もついてきた。 「――……あやまらないわよ、私」 「……いい」 全て良かれと思ってやってきたことだけれど。 「あの子が最近どんな思いだったかなんて考えたこともないでしょう」 ダメだった場合のことなんて、考えたこともなかった。 「あの子だけじゃない。ほかにも、たくさん」 何も、しらない。 そういえば、最後にあの子に会ったのはいつだっただろう。まともに言葉を交わしたのは。 あの子が教会を出た理由すらも、きちんとは知らない。 『私、そろそろひとりで生活したい』 とあの子が言い出したから、敢えて反対はしなかった。それだけだ。必要だとすら思わなかった。 「まぁ、いいわ」 というと、「よいしょ」とディミータは立ち上がった。 「暗くなる前に何とかしないと」 どうやら休憩は終わりらしい。 「――……どう、すればいい」 別段、それは彼女への問ではなかったが、ディミータは律儀にも返してくれた。 「知ったこっちゃないわね」 「……」 でも、と続ける。 「苦しみなさいよ。たくさん、たくさん傷付いて、もがいて、足掻き続ければいいわ。そうやって、自分が何をしてきたかずっと考え続ければいいと思う」 「そうすれば、赦してもらえるとでも?」 「馬鹿言ってんじゃないわよ。赦してもらおうなんて考えないの」 「でも……」 「あんたにできるのは償うことだけよ」 命懸けで償いなさいよ。と彼女はいう。 「苦しんで苦しんで苦しみぬきなさい。それで、よく考えていく。そうすれば、同じことはもうしないでしょう」 初めて彼女が柔らかく笑った。 |
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