「ガス!」 劇場の扉を勢いよく開けながら、ジェリーロラムは輪周りに響くような声――ただし、女らしさは失くさないような――で彼の名を呼ぶ。 直ぐに帰ってくると思った返事が中々返ってこない。 「ガス!?」 不審に思い、もう一度呼ぶ。そろそろ現役を引退する年ではあるが、ガスの耳はまだ難聴には程遠い。それどころか、彼の耳は驚くほどにいい。例え、一音だろうと外したのならば聞き逃さない。 「……ガ」 ス、と最後の音をジェリーロラムは出せなかった。 「ここだ」 下手の奥から、よたよたと彼は出てくる。 「ここにいるよ、ジェリー」 おぼつかない足取りで彼は歩いてくると、次の公演で使うらしい舞台道具の一つだろうロッキングチェアーの上に腰掛けた。 「ガス!あのね……」 「――少し、声のボリュームを抑えてくれないか。頭に響く」 といって、ガスはこめかみを痛そうに押さえる。 「――また、お酒?」 「……あぁ、でも、今日の声は通りがいいね。二幕のソロの練習に入ろうか」 「ちょっと、誤魔化さないで」 まったく……とジェリーロラムは呆れたように呟く。 「あんまり飲みすぎると身体によくないわ、ほんとうに」 ジェリーロラムがいくらそういっても、ガスは苦笑するだけだ。 「ねぇ、ガス……」 「飲まなきゃ、やってられんさ」 そういわれると、ジェリーロラムとしても何もいえない。 何だかんだいったところで、最終的に決めるのは本人なのだ。 「アル中で死んだって御遺体引き取ってあげないから」 拗ねたようにそういうと、「風葬してくれれば充分だよ」などと、彼は真顔で返してくる。 「冗談きついわ」 それはともかく、と酔った顔を若干真剣にもどしてガスは言う。 「何か用があるんだろう。今日はジェニーの所でお茶会だといっていたんじゃなかったか?」 稽古のない日でもジェリーロラムが劇場にいることは少なくはない。けれど、予定をすっぽかして劇場にいることは珍しい――というよりも、初めてだ。 「さぁ、話してごらん?」 ジェリーロラムは、すぐさまガスにミストフェリーズから聞いたことをそのまま話そうと思ったが、口を付いたのはまったく違う言葉だった。その前に、確認したいことがある。 「――ギルは?」 「奥でコリコといるよ」 呼ぼうか?とガスは訊いてくる。 「……ううん、気になっただけ」 かぶりをふり、ジェリーロラムはいう。 「あのね、ガス……」 * * * 「――厄介だな」 「えぇ」 ジェリーロラムは肯いた。 「なんだってまたあんなところへ?」 「――……わからないわ」 ジェリーロラムの言葉に、ガスは何かを考え込むような素振りを見せる。けれども、それはほんの一瞬のことで、直ぐに元通りに戻る。 「後は、誰が来る?」 「タガーとミストがもう行っているわ。ディミがマンカスを呼びにいって、私が後はマンゴを呼びに行くだけ」 問われ、ジェリーロラムがそう告げると、ガスは再び黙り込んでしまう。 「――…その後、お前はどうするんだ?」 「ジェニーおばさんとタントが色々と準備をして教会に行くって言ってたから……私も行こうと思ってるわ」 「そうか……」 ジェリーロラム、とガスがいう。 「あまり、無茶なことはするな」 「こっちの台詞だわ」 |
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