ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でた。 うっすらと瞳を開けると、明るいと思っていたはずの空はまだ夜の闇に閉ざされたままだった。 鈍く痛む全身を無理矢理起こして壁に掛かった時計を見上げると、まだ朝の四時にもなっていない。 夜明けまでまだ幾分時間があるからと、再び眠りにつこうとして寝返りを打つと、目の前には毛玉があった。 「……」 すやすやと寝息を立てる毛玉はよほど図太い神経を持っているようで、つつこうが蹴ろうが起きる気配もない。 マンカストラップは憎憎しげに舌打ちをすると、毛布を手繰り寄せ、茶色のふさふさを寝床から追い出した。 「――おい」 「……」 「寒い」 「……」 どうやら、熟睡していて起きないのではなく、寝たふりをし続けていたらしい。 尚更タチの悪い。 「――寒いっていってる」 「……」 何だか無性に腹が立ってきたので、何を話しかけられても無視を決め込んだ。 「聞いてるのか?」 聞こえてはいるが、話したくはない。 話したくないどころか、顔も見たくない。 いっそ、このまま眠ってしまおう。と考えた矢先に、握り締めていた毛布が剥ぎ取られた。 「っ……何をする!?」 「寝たふりしているおまえが悪い」 どっちがだ。といいたくなったが、それすらも馬鹿らしい。 マンカストラップはただラム・タム・タガーを一睨みだけすると、再び毛布を奪い返し、ごろんと横になった。 「何怒ってんだよ?」 「……」 「おい」 「……」 「返事くらいしろよ」 それすらももどかしかったが、何とか「別に」とだけ返すと、「嘘付き」と返された。 「何が『別に』だ。充分怒ってる証拠じゃねぇか」 「――……怒ってない」 「どこが?」 「……」 怒っていたとしても、それの対象は彼ではなく。 ただ、ただ、自分が腹立たしかった。 抜本的なところで生き物は皆独りであるということを、マンカストラップはよく知っていた。 それだけではないが、その所為もあって、今まで他人を求めるということをしたことがなかった。 だから、余計に、だ。 求められればそれに応えはしたけれど、誰かに縋って泣くことも、ひたすらに甘えることもしたことがなかった。 他の誰がしていても何とも思わなかったが、自分がそれをするところなんて想像もつかなかったし、きっとすることもないだろうと思っていた。 子供のように声をあげて、自分でもわからなくなるくらいに相手にすがって泣いたことなんて、多分初めてだ。 それだけでさえも、充分に屈辱的で、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいと思っているのに。 且つ、自ら足を開いてねだり、よがっただなんて……それも、この男に、だ。 記憶を消去してもしたりない。 「……おまえが、悪いわけじゃない」 ただ、自分が許せないだけで。 「だったら、そういう態度してみろよ?」 それは無理というものだ。 違うとわかっていても、今のタガーが何をいっても癪に障る。 「――……なら、おまえは、鳴いて脚を開き、媚びてねだれば満足するのか?」 「そうだな。それで上に乗って喘いでくれたらいうことねぇな」 ハンっ。と鼻先で笑うと、タガーは、「んで、きっとそのとおりになるぜ」と続ける。 「っ……ふざけるなっ!」 反射的に手が出なかった自分を褒めてやるべきだろう。 そう思うくらいに、今の言葉は許せないもので。 もっとも、手が出ない代わりに、相手を組み敷いて首に手をかけていれば似たようなものだ。 「……ほら、いったとおりだ」 「うるさい……っ」 多分、何をしても今ならタガーは動かない。 ほんの少し力を込めて首をへし折るのも、気道をふさぐことも造作もないことだ。 それなのに、相手は全く持って余裕の表情を崩しもしない。 「いい加減認めろよ」 一人で戸惑い、焦る自分が酷く滑稽だ。 「それともさっきのは嘘なのか?」 思い出したくもない事に触れられ、顔を背ける。 だから、こんなにも不快な気分になっているというのに。 「はやく楽になれ」 そっとタガーの腕が伸び、頬を包む。 「――やめろ」 そのまま、頬を伝い、首から肩を撫で、ゆっくりと身体の線にそって下へと手が這わせられる。 逃れることはきっとすごく簡単だ。 すぐにでも、タガーの首にかけた手を解き、振り払えばいい。 「いやだね」 でも、それと同時に何かをなくしてしまいそうで――――……それの方が、もっと恐い。 「……タガー」 咎めるように名前を呼んでも、何の意味もない。 「タガー、やめろ」 「いやだっていってる」 「タガー!!」 この男はいつもそうだ。 いつも、嫌がることしかしないくせに。本当に嫌なことは絶対にしてこない。 「っ……おまえのせいだ」 どこまでも、ひとを閉じ込める。 「おまえがっ……おまえのせいで……っ」 戻れないと、薄々わかっていた。 多分、初めて肌を重ねた日から、ずっと。 それでも気付かないふりをした。 自分にその感情が向けられているとわかった瞬間に、きっと彼は興味をなくしてしまうだろうから。 そして、そうなった時にはもう耐えられないだろうということも。 だから、きつく蓋をした。 自分だけが知っていればいいものだったから。 「――おまえが、俺を乱したんだ……っ」 大体、雄を欲しがるなんてどうかしている。 雌と遊び飽きた向こうにとっては、自分すらも遊びの対象でしかきっとない。最悪な場合――風変わりな雌、程度にしか捉えられていないのかもしれないというのに。 そんな相手に本気になるなど、馬鹿もいいところだ。 そんなこと、充分すぎるくらいにわかっている。 「――――……馬鹿だな、お前」 いとも簡単にタガーはマンカストラップの手を払いのけると、起き上がり、自分よりもほんの少しだけ小さな身体を抱き寄せた。 「――…離せ」 「嫌だね」 「はなせ…っ」 尚も喚いて腕から逃れようとするのを防ぐかのように力を込める。 「お前は本当に大馬鹿だ」 口内に入ってきた舌を何の躊躇いも無く受け入れた自分にひどく驚いた。 * * * 再びまどろみ始める頃には、すでに辺りは宵が明ける頃で、外には漆黒の闇の変わりに紫紺の霧が立ち込め始めていた。 冬の夜明けは遅く、日が昇りきるまでにはまだかなりの時間がある。 意識が沈みかけては何度も無理矢理浮上させて、隣にいる存在を確かめた。 「――少し寝ろよ」 「……いやだ」 「後に響くぞ」 そういわれても尚、マンカストラップは首を横に振った。 眠れば、目が醒めた時にきっとこの男はもういない。 それは当然のことだけれど、それでも、そんな虚ろなものを味わうことはしたくなかった。 でも、これ以上をいうことはただのわがままでしかない。そんな子供じみたことをいう自分というのがひどく惨めにみえた。 「…………を、……」 「ん?」 「――手を……握って、て……」 「……」 「すこしのあいだだけで、いいから」 「わかった」 柔らかく右手を包む感覚に安堵しながら、マンカストラップはゆっくりと瞳を閉じた。 脳裏には薄れいく窓の外の優しい闇が焼きついて離れなかった。 end |
三周年記念に募ったネタで頂いたネタ。 マンカストラップとラム・タム・タガーの話。 実はある意味で一番数が集りそうかなぁと思っていたのですが、自由解答欄にしたところ、色々なネタを頂いたため、本人の予想をブチ切り、この組み合わせを上げてくださった方はお一人だけでした。 で、某方とメールで盛り上がり、「これはウラにしろとの神の啓示ですね(総括)!」ということでウラに。 合言葉は「発禁処分にならない程度にがんばります」。 某方、ネタどうもありがとうございました! 全くエロくはないのですが…………とにかく恥ずかしくてイタかったです。 何が恥ずかしいって書いてる自分が一番恥ずかしくて痛々しいわ(笑)!! テンション上げないとかけねぇ!ということで、ひたすらJanne Da Arcのエロ歌ばかりを聴いて書きました。 イメージは「Hunting」と「Leady」あと「ヴァンパイア」。 ヒトリゴトがこんなに多いのも恥ずかしいからです…………。 |