きみとぼく。 |
「いいか、ミスト」 と、クソ真面目な顔してリーダーが切り出したのは三日前のこと。 「お前が、いい子なのも、魔法をやたら滅多らくだらないことに使えないのも、わかってる。でも、世間にはそう思ってくれない他人が沢山いるんだ」 マンカストラップはそこで言葉を一度切り、すまなそうに頭を下げた。 「いきなりに、とは言わない。まずは今日から一週間。一週間だけでいい――……魔法を使わないでくれ」 それ以来、ミストフェリーズは今日まで魔術を使っていない。 * * * コンコン、と小さく扉がノックされ、ミストフェリーズは読んでいた本から顔を上げた。 「開いてるよ」 珍しいこともあるものだ。ミストフェリーズのいる部屋に近づいてくる者は殆どいない。約一名例外がいるが、その例外はノックなどせずに扉を蹴り開ける。 「ミスト、ちょっといいかな」 入ってきたのは黄土色の人当たりのよさそうな猫で。大事そうに手提げ袋を何故か抱えながら、いつもの笑顔をみせた。 「いらっしゃい、スキンブル。いつ帰ってきたの?」 「昨日の夜だよ」 「そう……元気そうで何より。テキトーに座ってて」 ミストフェリーズは立ち上がり「お茶持ってくる」と言い残して部屋を後にする。 そのとき、スキンブルシャンクスの笑顔が一瞬凍りついたのをミストフェリーズは見逃さなかった。 「で?君が僕に会いに来るなんて珍しいけど」 「そうかな?」 はい、お土産ー。と、スキンブルシャンクスは綺麗な装丁の本を差し出す。 「ありがとう……っていいたいんだけど、これは何?」 「『あなたの街の観光ガイド』」 「…………」 「前に色々な場所をみてみたいっていってたでしょ?それ、今回僕がいったとこのやつ」 「そう……………ありがと」 益々怪しい。 貰った土産物も怪しいが、それ以上にスキンブルシャンクスの態度が怪しい。 今迄、スキンブルシャンクスがミストフェリーズに――というか仔猫以外に――何かお土産を持ってくるなどなかったのだから。 「有り難いけど、おだてても何もでないよ?」 「やだなぁ。そんなこと期待してないよ」 はっはっはっ、と二人の渇いた笑い声が重なる。 ところで。と切り出したのはミストフェリーズの方が先だった。 「さっきから大事そうにしてる、その手提げはなにかなぁ?」 * * * そもそもの始まりは、メイル号の車掌が旅先で一組のティー・セットを購入したことだった。 上品なデザインのそれは、人間がいうところのいわゆる“アンティーク”で、中々良いお値段がしたが、一目惚れした車掌は、つい手を出してしまったのだ。 『妻がお茶会を開くのが好きで』 と照れながらいったという。 そこまではよかったのだが、そうは問屋が許さないのが世の常である。 帰路についた列車は、小さな田舎街に整備点検のため停車していた。時間はほんの三十分ほどだったのだが、そ の隙に車掌室に空き巣に入られた。たまたま、車掌が席を外していたときで、車掌室には人間は一人もいなかった。 一人気楽に職務怠慢よろしく惰眠を貪っていたスキンブルシャンクスは物音で目を醒まし、身の程知らずな馬鹿を威嚇した。 ビビったのか呆れたのかそれとも、何もめぼしいものはないと諦めたのか――とにかく馬鹿はそれで脱出を図ろうと、テーブルを踏み台にし、窓枠に足を掛け半身を乗り出した。しかしそれを見逃すスキンブルシャンクスではない。 『待て!』 にゃー。としか聞こえないだろうが、とりあえず再び威嚇し、相手の背に飛び付き、着ていたコートの後ろを引っ張った。バランスをくずした男は、そのまま、後ろへと落ちる。 常々、自分と列車の安全と平和を妨害するやつは万死に値すべきであると考えているスキンブルシャンクスである。スローモーションで落下する悪者をみても何の良心も痛まなかったが(むしろ、「ざまぁみろ」と思っていた)、その後がよろしくなかった。 ぐしゃ、とも、バキッとも違う、何か異様に固い物が潰れるような音がした。 超ド級馬鹿は背中から落下し、テーブルの上にあった、ティー・セットを箱ごと見事に粉砕してくれたのだ。 車掌が戻ってきたのは丁度そのときだったという。 * * * 「――で、これが、ティー・セット過去形」 ミストフェリーズは「……そう」というのが限界だった。 「事情は大体わかった」 わかったが、阿保すぎて呆れている。 「で?僕にどうしろって?」 なんとなく何が返ってくるかわかりながらもミストフェリーズは訊いた。 「これ直して欲しいなぁ」 「却下」 予想通りの言葉にミストフェリーズは即答した。 「どうしてさ!?」 「どうしても」 はぁ。と溜息一つ。こめかみに手を当てて、脚を組む。 「日が悪い」 せめて、あと四日待って欲しい。 その旨を告げると、スキンブルシャンクスは首を振った。 「四日じゃだめだ――明後日には、また次の仕事があるんだ」 どんなに譲歩しても、今日明日中に何とかしなくてはいけないらしい。 「それなら、僕には無理だよ」 「なんで?――前に、壊れたバブのおもちゃを直してあげてたじゃない、魔法で」 「だから、その魔術が無理だっていってる」 「まさか、使えなくなったとか?」 ずばっとスキンブルシャンクスは尋ねにくいことも平気で訊いてくる。中々イイ性格だ。 「違う。力がなくなったわけじゃない」 「じゃぁ……」 「事情があるんだ」 ミストフェリーズは手短にマンカストラップとした約束のことを話した。その間に、スキンブルシャンクスの表情が段々と険しくなってくる。話終わるころには険悪といってもいいほどのものだった。 「――なに、それ」 とスキンブルシャンクスはいった。 「マンカスはそこまで本気で言ってないと思うんだけど?」 「だろうね」 そんなことはわかりきっている。 多分、魔術ばっかり使っていたらいざとなった時に困る、ということを自覚させたかったのだろう。 だからこそミストフェリーズも軽い気持ちで約束した。 「でもね、約束は約束だよ」 それはそれ。これはこれ。 「僕は、一週間魔術は使わないって約束した。だから、ダメだ」 「なんで?」 「約束っていうのは守るためにあるんだよ?破ったら意味が無い」 「“嘘も方便”、とか“ばれなければ平気”、って言葉知ってる?」 「知ってるよ」 「緊急事態でも?」 「――……うん」 もっとも、本当の本当に緊急事態であったのならば、そんなことはない。例えば、誰かの命がかかっているとか。正当防衛のためだとか。けれど、そのことはあえて言わないでおく。 「……僕は、確かに魔術が使えるよ。でも、それ以外はいたってフツーの猫だ」 “フツー”かどうかはかなり疑わしいが。 「僕がもし魔術を使えなかったなら、君はどうした?」 あぁ。今なら何となくあの万年苦労性が魔法を禁じた理由がわかるかもしれない。 「潔く諦めた?自分で修理しようとした?それとも、他の誰かを頼った?」 多分、いざとなったときのことなんかじゃなくて。 もっと、他の。 「君が必要としているのは、僕?それとも、魔法?」 * * * 馬鹿馬鹿しい! そう言い捨ててスキンブルシャンクスは帰ってしまった。 「……」 もっともだ。と思いながら、苦笑し、部屋の中を片付ける。 前々から何となくわかっていたが、此処の普通の彼らと自分とでは物の捕らえ方がどうも違う。 例えば、さっきの質問にしたって(スキンブルシャンクスはそれの所為で気分を害しているらしいが)、ミストフェリーズにしてみれば、極々自然な質問だ。 無条件に存在自体を欲するか、それとも、益となるから欲するか。 他人はその二つしか存在しない。それが当然で、自分がどちらに分類されようとも構わなかった。何故なら、自分も無意識にきっとそう分類しているから。 けれど、きっとスキンブルシャンクスにしてみれば、「そんな他人をモノみたいないいかたをするなんて!」ということになるのだろう。スキンブルシャンクス以外の者もそういうに違いない。 彼らはよくいえば温厚でお人好し。他人に対しても優しい。けれど、だからこそ、身内に甘く、なぁなぁで誤魔化してしまっている部分というものがある。 ミストフェリーズにとって約束は絶対だ。一種の誓いといってもいい。 だから、できない約束はしないし、一度した約束は必ず守る。相手が、どんな奴だろうと、どんな約束だとしても、だ。例外なんて殆ど無い。ミストフェリーズが例外だと認めるのは、誰かの生命に関わる時と、真っ白で片眼違いの彼女と、金眼の彼らが絡んだ時だけだ。 これを他の皆が聞いたら何というだろう。 その時の皆の反応を想像してミストフェリーズは苦笑した。 もし、もっと緊迫した状態で、何らかの約束に縛られて「魔術は使えない」といったときのことを考えるとぞっとする。 今回のことでさえ、スキンブルシャンクスが誰かに話したら、彼らはミストフェリーズを責めるだろう。 本当はできるのに、なにもできない。ということの辛さを少しはわかってもらいたいものであるが、それは無理というものだ。 今更ながらに禁酒ならぬ禁魔術期間を設けてくれた彼にこっそり感謝する。これで、学習課題ができた。 『お前が、いい子なのも、魔法をやたら滅多らくだらないことに使えないのも、わかってる。でも、世間にはそう思ってくれない他人が沢山いるんだ』 その一言がやけに響く。 「――……面倒だ」 何を言っても弁解にしかならないだろうし、言い訳がましく説明することすらわずらわしい。何と言っても納得なんかしてくれないだろう。 それよりなにより、まず、理解してもらえない。 バッシングの対象になる光景がまざまざと浮かぶ。 ほんとうに、めんどうだ。 「……」 このちからは、ひとをだめにする。 * * * 月が西の空に傾くころ、ミストフェリーズはひっそりと駅の列車の格納庫にあるスキンブルシャンクスの寝床を訪れた。 案の定、スキンブルシャンクスはミストフェリーズの顔を見ると、不快そうに眉根を寄せて、「何か用?」と短く訊いてきた。 コトリ、と音を立てて、銜えてきたランタンを冷たい床に置くと、ミストフェリーズは苦笑して肩をすくめた。 「昼間の続きのことだけど」 ぴくん、とスキンブルシャンクスの片眉があがる。 「気でも変わったつもり?」 「まさか」 「――……じゃあ、何さ?」 「だって、君、話の途中で帰っちゃうんだもん」 よいせ。とミストフェリーズは座り込み、何処から取り出したのか、10センチほどのチューブをみせた。 「物を直すのが得意なのは、魔法使いだけじゃないんだよ」 黙々と陶器の破片をパズルのように組み合わせ、気付いたら、夜が明けていた。 救いだったのは、壊れ方が粉々ではなく、割と大きな破片になっていてくれたことと、カップの柄がわかりやすかったことくらいだ。 「――……ミスト」 「何?」 「ごめん」 実に簡潔ではあるが、これ以上はない言葉である。 「いいよ。気にしてない」 気にする理由もなかった、とはいわないでおく。 「でも、他人の話は最後まで聞いたほうがいいと思う」 「……次からそうする」 きっと、彼なりに反省して、神妙な顔をしているつもりだろうが、充血した眼とうっすらとできた隈で全てが台無しだ。どうしてもギャグになる。 「誰かこないうちに車掌さんの部屋においてくれば?ソレ」 「うん」 頷き、寝床を後にしたスキンブルを視線だけで見送って、大きく欠伸を一つすると、ミストフェリーズはひょいと窓から姿を消した。 * * * その日の夕方に、スキンブルシャンクスは再び教会を訪ねてきた。 「――今回のことは、ミストにたくさん迷惑かけたと思う」 「だから、いいって」 今はミストフェリーズの部屋ではなく、階下のいつもいる場所だ。スキンブルシャンクスは膝の上でシラバブをあやしている。 「そんなことよりも、あんまりバブにちょっかいかけてると後が怖いから、そっちの心配した方がいいと思うけど?」 「……」 そっと、シラバブを膝から下ろして、スキンブルシャンクスは頭を撫でてやる。当のシラバブはというと、何だかわからないといったふうで、キョトンと首を傾げていた。 「――……明日、また仕事にいってくる」 「何処まで?」 「北のほう――今度は、少し長いから。その間に、ちょっと考えてみる」 「そう」 何を、とは聞かなかった。 「それはそうと」 顔を上げてスキンブルシャンクスはいった。 「あの直したカップの箱を開けたときにね、車掌さんは『奇跡だ!ジーザス!!ありがとう!』っていったんだ。でね、その後に、ソレ使って奥さんと――あ、奥さんちょうどきてたんだけど――お茶飲もうとしたら、あ、僕はもうこの時外にいたから詳しくは知らないけどね、『うぁぁぁぁぁぁ!何てこった!酷すぎます、ジーザス!!』って聞こえたんだけど、何があったんだと思う?」 「――――……さぁ?」 不思議なもんだ。とでもいうように二人は首を傾げる。シラバブも真似して、首を傾げていた。 ミストフェリーズの使った接着剤が水溶性だったということを、彼らは知らない。 |
副題:愛の壺(大爆笑)※1 アンケートで頂いたネタ。ミストフェリーズとスキンブルシャンクス。 お馬鹿モード当社比3割り増しで書いてて楽しかったです。 スキンブルを書いてそうで実は殆ど書いてなかったんで、ものっそい新鮮でした。 ネタ下さった方どうも有り難うございました! 2006年10月15日追記。 もう、どう手を入れていいかもわからない…(え)。 なんか、この話だとスキンブルが幼くみえますが、私の中でスキンブルはマンカスたちよりも年上です(笑)。 ※1愛の壺 某世界的陶磁器ブランド、ウエッ●ウッドの作品全てに刻印されているマークの別名。 ポートランドの壺と呼ばれる壺のレプリカ。 ポートランドの壺はローマ帝国時代のガラスの壺。ウエッジ●ッドの創設者が惚れ込んで陶器でレプリカをつくる。 このことでウエッジウッ●が陶器で有名に(多分)。 色んな所有者を転々とし、愛の壺の異名はあのH・ネルソン提督(ナポレオンを海鮮でのした人)が愛人に贈ったことに由来(それに関しても浪漫あふるる逸話があったけど忘れた)。 最後の所有者ポートランド家により、大英帝国博物館に寄贈されるが、後、酔っ払いにより、壊される。 バラバラになった破片を繋ぎあわせることは不可能とされたが、修繕係の血と汗と涙の努力により、なんとかなる。 それでも、残った破片を繋ぎあわせるべく、二回目の修繕を行う。 その際に、ウエッ●ウッドのレプリカが見本として大活躍。 ミストとスキンブル→スキンブル→モーニングティーは薄め?→紅茶→ウエッジウッド→愛の壺 という思考回路の産物。 |