Bird vie eye |
鳥のように空を飛べたら。 そう思ったことは何度あっただろうか。 たんっと小さく屋根を蹴る。 そのまま何もせずに身体を宙に投げ出し、重力に任せるままに落ちる。地面が近くなると、器用に空中で二回身を捻り、綺麗に着地する。 「……」 ただそれだけのことだったが、ランペルティーザの興味を削ぐには充分だった。 いつものように小さく溜め息をつくと、彼女はとぼとぼと家路についた。 * * * 「ランプ?」 後ろから聞こえてきた声を無視して寝床に向かう。 「帰ったのか?」 外界の音を締め出すように毛布を頭まで被り、丸くなる。それをみて相棒は諦めたようだった。肩をすくめて(実際には見えていない。気配でそんな気がしただけだ)、何も言わずに出ていく。 「……」 ぎゅっと固く眼を閉じ、毛布を握りしめる。 もう丸三日、彼とは殆ど口をきいていなかった。 相棒がこの街を出ていこうとしているらしいと、最初に教えてくれたのはカーバケッティだった。 「馬っ鹿じゃないの?!マンゴが此処を離れるはずなんてないわよ」 きゃははは。と笑ってそれを否定した。 それでも、あまりにも皆がその後、同じことを訊いてくるので、さすがに不安になってきた。 「ねぇ、マンク。みんなヒドイのよ。マンゴが私を置いてひとりで此処から出ていくんだっていうの。そんなことあるはずないのに」 ふとしたときに元兄猫にそう洩らしたのは、嫌な予感を否定して欲しかったからだと思う。 「ランプ……」 一瞬、躊躇ったかのようにマンカストラップは口をつぐみ、ゆっくりと首を振る。再び、口を開くと静かにいった。 「それは、多分、ほんとうのことだよ」 反射的にマンカストラップの頬を叩いて、教会を飛び出した。現在寝起きしているアジトに戻って、相棒に問い正して……それ以来、マンゴジェリーと一言も話していない。 「……」 何だかもうどうでもよくなってきた。 泣いてわめいて引き留めたら、きっと、相棒は笑いながら「しょーがねぇなぁ」といって、取り止めにしてくれるか、そうでなかったら、一緒に連れていってくれるだろう。 けれど、それでどうなる。 無理矢理ついていっても、意味がない。 マンゴジェリーは一人で出ていこうとした。連れていくつもりはなかったからだ。あれば、あの相棒はきちんと話してくれるはずだ。 今まで、そうしてきた。 それなのに、無理矢理ついていっても、どうせよくないことになるに決まっている。 考えるのも馬鹿馬鹿しい。 それでも、頭のどこかでマンゴジェリーと一緒に行く自分というものを想像してみたが、幸せそうな結果は見えてこなかった。結局、もうランペルティーザの中では答えは決まっているのだ。ただ、それを認めたくないだけで。 「……ばかみたい」 鳥のように空を飛べたら。 小さな段ボール箱の中で震えながらそう思っていた。 そうしたら、外へ出られるのにと。 外へ出れば、きっと、この寒さも寂しさも埋めてくれるものが見つかるのだと。 外へ、外へ、外へ――――! 「 」 このまま眠ってしまおう。 目が醒めたときに何も変わっていないとしても。 ほんの少しだけでもいいから夢をみよう。 * * * 何だか妙な重さを感じて瞳を開けた。 いつの間にか、嫌になるくらい青かった空は茜に染まり、窓からは西陽が差し込んでいた。 「…………夜這いなら深夜にかけてよ」 見れば、毛布の上に相棒が乗し上がっている。 「胸もくびれもないちびっこ夜這ったって楽しくねーって」 かなりムッとしたが、半分以上事実なので、仕方がない。 「――……じゃあ、何よ?」 悔しいので睨むと、マンゴジェリーは身体をどけた。 「いや……物音一つしないから生きてるのかと」 「それとその体制と何の関係があるのよ?」 「呼吸してないのかと思って、口に手をあてて確認しようかと……」 「それこそ死んだらどーしてくれんのよ?!」 疲れた。 只でさえ神経が擦り減っているというのに、今ので余計に疲れた気がする。 「…………お前さぁ、何カリカリしてんだよ?」 「マンゴには関係ない」 「たかだかあんなことにまだ腹立ててんのかよ?」 「そうよ。たかだかあんなことにあたしはまだ腹を立ててるの。悪かったわね」 つんと言い返す。 「可愛くねぇな」 「あ、そ」 たかだか、あんなこと。 「どうせ……可愛くないもん」 たかだかあんなことにランペルティーザは腹を立て、たかだかあんなこととマンゴジェリーは割りきっている。 「可愛くなくていいもん」 相棒がいなくなっとしまうことを割りきってしまえるくらいなら。 そんなものは、いらない。 「マンゴには、わからないよ」 「何が?」 「……あたしが、毎日どんな思いで過ごしてたかなんて」 鳥のように空を飛べたら。 「――……あぁ、わかんねぇよ」 どんなに空が広くても、羽根が千切れても、構わないと。 けれど、出てみた外は限りなく広くて。 見つけたと思ったそれは、すぐに手をすり抜けていってしまった。 「わかるわけがねぇわな」 「っ……!」 「言ってくれないと、そんなものわかるわけがない」 瞬間、覗き込んでくる緑色の眼に思わず息を呑む。 「――ランプ。言わなくてもわかってるだろうけど、オレは馬鹿だ」 「……」 「言ってくれないと、お前が何考えてるかなんて全然わからない。お前が何に怒ってるかも、オレにどうして欲しいのかも、わからないんだ」 あぁ、もう!!とマンゴジェリーは言いにくそうに頭を掻く。 「だから、何か嫌なことがあったらはっきり言えばいいし、何かオレが悪いことしてたんなら、ちゃんと言え。じゃないと、オレはお前を傷つけたかどうかすらもわからない」 「――……無理だよ」 ぽつんと、それだけ絞り出した。 「あたしは、マンゴを、困らせたくないもん」 「困るかどうかはオレが自分で決めることだ。ランプが決めることじゃない」 マンゴジェリーのな赤毛が西陽に照らされてオレンジに染まる。 きれい。 そんなことを考えている場合ではないのだが、素直にそう思った。 だから、 「――――……いかないで」 きっと、口をついた言葉も無意識のものだったのだろう。 「おいて、いっちゃやだ」 「……」 「さみしい」 相棒は何も言わずに、頭を撫で、静かに首を振った。 「――……ごめんな」 応じるようにランペルティーザは頷く。 もう、いいから。 それ以上はいわなくていいから。 「それは、できないよ」 答えはわかっていたから。 「……ごめん」 つれていって、とはいえなかった。 こんなにも真剣な相棒の瞳をみるのは初めてだったから。 これ以上、謝られるのはつらかったから。 せめて、約束が欲しかった。 それでも、それすらも拒まれるような気がして、怖くて。 だから、ひどく曖昧なことを聞くことしかできなかった。 「――……もう、会えない?」 「そんなことはない」 その言葉が返っってくるのは意外にも早かった。 「じゃぁ、いつ、帰ってくるの?」 「わからない」 もしかしたら、ほんの一週間程度のことかもしれない。 もしかしたら、一年以上かかるかもしれない。 「探し物があるんだ」 そんなに、大切な? と、喉元まででかかった言葉を必死で飲み込んだ。 「じゃぁ、ダメだね」 「何が?」 「その間に、此処のことなんて、忘れちゃうね」 「――そう、かもな」 環境が変われば、それに適応するから。 今よりも大事なものができたら、今なんて、そのうちどうでもよくなるから。 「でも、わすれないよ」 「?」 「オレは、絶対に此処に戻ってくるし、その為にちょっと出かけてくる」 「――でも」 「もし」 と、マンゴジェリーはランペルティーザの言葉を遮った。 「全部忘れても、忘れない。きっと、どこかで覚えてる」 「……あたしのことも?」 「あたりまえだ」 鳥のように空を飛べたら。 「相方のことを忘れてのうのうとしてられるほどは馬鹿じゃないつもりだ」 羽根が千切れて、落ちても構わないのだ。 「――そこまで馬鹿だったら、見捨てるからね」 落ちても、受け止めてくれるものがあるのだから。 * * * 「結構マンゴもヒトデナシよねー。結局、アイサツもなしにいっちゃうんだから」 ぷぅ。とジェミマが頬を膨らました。 あれから幾日かたって、相棒はひっそりと街を出た。 見送りに来た人数がやけに少ないと思ったら、あの真性の馬鹿は極々身近のものしか呼ばなかったらしい。わが相棒ながら天晴れな馬鹿加減である。 「ねぇ、ランペルにも何のアイサツもなし?」 「いや、まぁ、あったというべきかなかったというべきか……ビミョーよ」 「そう?」 もっとも、もしかしたら、見送られたく、なかったのかもしれない。 「さみしくない?」 問われ、ランペルティーザはきょとんとした。 苦笑し、ごろんと野原の上に寝転がる。 「馬鹿やる相手がいないんだもん。さみしいわよ」 「……あ、そ」 でも、と呆れるジェミマを尻目に瞳を閉じた。 「また、帰ってくるっていってたから」 |
アンケートで頂いたネタ。 マンゴとランペル。 ものっそい遅くなってしまってすみません……!! 折角堂々とマンペルというものをいただいたので、普段とは毛色の違ったことをしてみたかったのですが。 どうでしょう? あぁ、↑これはコメディです。笑うところなので、あしからず。 オチ的にはマンゴは三日後くらいに「ランペ、飯〜」とかいって帰ってくると思います。 ランペルはランペルで、帰ってきたマンゴに「あたし、タガーのことが好きみたいなんだけど、どうしよう」とか相談すればよいと思います。 ネタどうもありがとうございました!! 2006年10月15日追記。 SOPHIAの『マテリアル」というアルバムの同名の曲からイメージをとってます。大好きな曲なので。 もっとも、それの1割もあらわせてませんが。 |