小さな寝息が、規則正しく聞こえる。 シラバブは帰ってきたマンカストラップを見るなり、抱きついて泣き出し、そのまま離れようとしなかった。 泣き止まないシラバブを寝室に連れて行き、あやすこと暫く、ようやく泣き止み、寝付いてくれた。 ミストフェリーズとスキンブルシャンクスもいなくなり、独りきりになって、幼いシラバブも幼いなりに色々と考えたようだ。 ふわふわとした髪をやさしく撫でてやる。 散々泣き腫らした所為か、目元にはまだ涙の痕が残っていた。 悪いことをしてしまったと思う。 今日の(一部での)騒動の発端は、他でもない、マンカストラップ自身だ。 自分の感傷に任せて動いた結果がこの様だ。 情けないことこの上ない。 「お姫様はやっとお休みですかい?」 細く、扉が開き、むやみに派手な猫がするりと入ってくる。 「タガー……」 「よぅ」 勝手知ったる何とやら。タガーはすたすたと部屋に入ってくると、そのままマンカストラップの隣に腰を下ろした。 「にしても、よく寝てるなー」 むぎゅっと、シラバブの頬をタガーはつねるが、幸せそうに眠る仔猫はまったく起きる気配を見せない。 「やめろ。やっと寝付いたんだ」 マンカストラップは空いてる方の手でタガーの手を叩いた。 「はいはい、おとーさん」 「タガー」 咎めるように名前を呼ぶと、タガーは肩をすくめた。 「スキンブルは?」 「奥でミストといる」 静かだ 「そうか」 「貫徹で飲み明かして明日踊れない、に一票」 姿も、声も、確かに存在しているはずなのに 何も、ない 「そこまで馬鹿じゃないだろう」 「だったら面白いと思わねぇ?」 「思わない」 沈黙が、心地よい 何も、きかれない 何も、きかない けれど、それは決して冷たいことではなく 「……なぁ」 「ん?」 タガーは珍しく、真剣にマンカストラップの瞳を見据えると言った。 「阿呆」 「なっ……!?」 鼻でせせら笑い、視線を逸らすと、わざとらしく盛大に溜息を付いてみせる。 「何かっこつけておいしいところ持ってこうとしてんだよ、らしくない……お前には似合わないんだよ」 どうか、とどいてほしい 「孤高のヒーローは俺様だけで充分だ」 どうか、どうか 「……お前にも、似合わないよ」 やわらかく微笑むと、マンカストラップはいった。 「うるせー。ついでに女にモテテいいのも俺だけだ」 「は?」 「この世の女は抜本的に俺に惹かれるようにできてんの。勿論、それはそこのチビも例外じゃない」 「ちょっとマテ」 「嫌だね」 ひょいと、マンカストラップの腕の中からシラバブを取り上げると、タガーはシラバブを抱き込み、そのまま横になる。 「羨ましーだろ」 「いや、阿呆くさい」 そういいつつも、マンカストラップもタガーにつられるように、ごろんと横になった。 「でも……悔しい」 「兄馬鹿」 「うるさい」 開いた窓から、風が入り込み、カーテンを揺らす。 電気は先程、教会の人間が消していった為、ついていない。月明かりだけが、部屋の中を照らす。 ほんの僅かに欠けた月。 あと、一日――。 「……グリザベラに、会った」 「ふぅん」 タガーは何も訊かない。 「なぁ、いつから――……」 「いつから?」 「――なんでもない」 マンカストラップは口を噤んだ。 タガーはゆっくりと瞳を閉じる。 「……お前、十年前の自分が何を考えていたか覚えてるか?」 マンカストラップはタガーの問に静かに首を縦に振った。 「そうだな、俺だってそこまで馬鹿じゃないから覚えてるさ……でもよ、じゃぁ、十年前の自分は十年後の自分が何を考えてるか考えてたか?」 「――?」 「よーわ、明日のことは明日になってみないと分かんねぇってことだ」 「……」 「あんまり深く考えてると禿げるぞ」 一瞬、今すぐにでも蹴ってやろうかと思ったが、間にいるシラバブを起こしてはいけないと思い、マンカストラップは思いとどまった。 「――明日は荒れるぞぉ」 「荒らすな」 頼むから。とマンカストラップは言う。これ以上、揉め事を増やされたのではたまったもんではない。 「まぁ、何にしろ……全ては“神のみぞ知る”ってね」 俺、無神論者だけどー。とタガーはいう。基本的に猫が人間のいうところの“神”を信じているはずがない。 もっと、純粋な――。 「――そうだな」 * * * いつの間にか、そろって眠りについていた。 朝になって、普段は一番に起こしに来るマンカストラップが来ないことを心配し、様子を見に来たミストフェリーズに「親子みたい」といわれるのも、スキンブルシャンクスに「新婚さーん」とからかわれるのも、また別の話。 ジェリーロラムとランパスキャットが、朝っぱらから尋ねてきて、場を荒らすだけ荒らして帰っていくのも、また別の話。 ジェニエニドッツが、朝早く差し入れを持って舞踏会の準備にやってくるのも、バストファージョンズ氏が仕事を抜け出し、珍しく舞踏会にかけつけるのも、また別の話。 そして、あの娼婦猫がやってくるのも――。 今は、皆深い眠りについているだけ そのさまを、 ただ、月だけがみていた――。 |
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