ラム・タム・タガーは走っていた。
 あの、大馬鹿野郎――!!
 ジェリーロラムから大まかな事情を聞くとすぐに、タガーは脇目もふらずに駆け出した。
 普段、どんなに馬鹿をやっていても、どこかで冷静な彼が焦ることなど、本当に珍しいことだった。

 ねぇ、タガー……。

 全く、胸クソ悪い……。

 思い出せるのはいつも、彼女の表情の無い微笑みだけだ。
 確かに、あの時彼女は笑っていたはずなのに、思い出せない。
 それは、只単に、時間の経過と共に起きる記憶の風化のなせる業なのか、それとも……。

 あなた、守りたいものはある?

 あの時、彼女は本当に笑っていたのだろうか?
 もう、思い出せない――。

 そんなこと、決まってるじゃねぇか。

 その答えは今も昔も変わらない。
 仮に、今、タガーがその質問をされたとしても、迷わず、同じ答えを導くだろう。
 何年経っても、変わらないものがある。
 絶対永遠、不変の黄金率――自分は、もうとっくにそれを見つけ、手に入れている。
 それを守る為には何だってする。
 ただ、それだけのことだ。

 待ってろよ、クソ猫――!!
 根拠も何もなかったが、何となく、彼のいる場所がわかる気がした。

 *   *   *

 「……で、あれでよかったのか?」
 「ん、多分。タガーなら、何とかしてくれるでしょう」
 ジェリーロラムはそう言うと、軽く伸びをした。
 「適材適所ってよくいうでしょ?何だかんだいったって、私じゃマンカスを救えない――まぁ、救うなんて言い方は大袈裟だけどね。でも、タガーなら……」
 ジェリーロラムは多分気付いていないのだろう。
 彼女にもどれだけ彼が救われていることか。
 こいつも相当鈍いな……。
 “弟”が弟なら“姉”も姉ということだろうか。
 「すごく、自分も行きたそうな顔をしている」
 ランパスキャットに指摘されると、ジェリーロラムは寂しそうに笑い、“おねぇちゃん”だもん、と言った。
 「“弟”はいつまでたっても可愛いもんなの。」
 ランパスキャットは彼女の台詞に微笑む。その気持ちは分からなくもなかった。
 どんなに時が過ぎても、何が変わるわけでもない。
 彼が彼であること、彼女が彼女であることは変わらない。
 それが嬉しかった。
 「ところで、本当のところはどうなんだ?」
 「何が?」
 惚けるな、とランパスキャットは溜息混じりに指摘する。
 「さっき、タガーにお前が言った台詞……アレは何割が本当だと訊いているんだ」
 「……」
 「『昔のことでマンカスが思い詰めている』?『グリザベラに何か言われたらしい』?極めつけは『いくら今が夏でも川に飛び込んだりでもしたらどうしよう』?法螺を吹くのも大概にして置け」
 「……えへ」
 「『えへ』じゃない。ばれてないとでも思ったのか?」
 「――演技には自信あったんだけどなぁ」
 泣き落としまですればな……。とランパスキャットは口には出さずに思う。真に恐ろしいのはもしかしたら目の前の彼女かもしれない。
 「あの女がマンカスに何か言ったってところと、マンカスの様子がおかしいってことは本当よ。私はちょっとだけ事実を脚色して伝えただけ」
 「モノには限度ってものがあるって知ってるか?」
 「でも、あれくらいやらないと、タガーは動いてくれないでしょう?」
 「確かに」
 ランパスキャットは苦笑する。
 あのひねくれ天邪鬼はそれくらいしないと動いてくれない。
 誰よりも、彼のことを気にかけているのに。
 そして、気付かれない所でしか、動けない彼女も。
 「本当、不器用だな」
 誰に言うでもなく、ランパスキャットは呟いた。


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ジェリーは怒らせちゃいけない気がする、何となく。
ジェリー、ランパス、タガーマンカスの四人が仲がいいのが好きなんです、私。