鐘が鳴る。 マンカストラップは土手の上から、水面に写る紅く染まる街を見下ろしていた。 夕刻を回り闇が迫り始めても、人間の子供たちはまったく家路へと付く気配がない。 外を元気に走り回っている。 羨ましい、と思う。 恐らく、自分にはもう、することができないから。 何も知らず、生きることなど、もうできない。 余計なことは考えずに、無邪気に転げまわっていたあの頃には、きっと、現在の自分の姿など想像できないだろう。 かえりたいと、切に願う。 でも―― 戻りたくはない。 生温かい、この時期特有の風が水面に波を作っていく。 「 」 開いた口から言葉が紡がれることはなかった。 全てを知りたいとは思う。 だが、知ってどうするというのだ。 もし…………。 ふるふると、頭を振ってその考えを追い出す。 「最低だ」 「誰が?」 ぽつんと洩らした呟きに、返ってくるはずのない返事が帰ってきた。 「――スキンブル!?」 はーい。と笑顔で答え、手を振ると、スキンブルシャンクスは「隣、いい?」と聞いてきた。マンカストラップは即座に頷き、少し詰める。 「おかえり、スキンブル……何時、こっちに?」 「ついさっき。本当はもう少し早く戻れる予定だったんだけど……うっかり列車が……何ていうの……バスジャックじゃなくて……あぁ、トレインジャック?に遭っちゃって」 「……」 「まぁ、何とか舞踏会には間に合ってよかったよ」 「そう……だな」 それはともかく、とスキンブルシャンクスは切り出す。 「グリザベラに会ったんだって?」 「!?」 マンカストラップはスキンブルシャンクスの出した名に反応し、思わず、彼を睨み付ける。 「何故、それを?」 「さぁ、なんででしょう」 いっておくけど、と前置きし、スキンブルシャンクスは言う。 「ぼくは皆みたいに優しくないからね。率直に訊くよ。彼女に何をいわれたの?」 「……」 「黙秘権かい?ひどいねぇ」 というと、スキンブルシャンクスは溜息混じりに苦笑する。 「ここで吐いちゃったほうが多分一番君にとっても有益だと思うんだけどなぁ……」 他、誰もいないよ?と、周りを指す。 確かに、それはそうかもしれないが……。 「…………」 話したくない。 いや、話せない。 多分、貴方と同じよ―― きっと、それは自分が一番よくわかっている。 だからこそ、認められない、認めたくない。 「 」 消え入りそうな声でマンカストラップは呟いた。 スキンブルシャンクスは再び溜息をつく。 「そういうと思ったよ」 「話したくないならそれでも僕は一向に構わないけれどね。他人のことを詮索する趣味もない。それは悪いことでもなんでもないからね。君がどうして謝る必要があるの?」 「すまない」 だーからー。とかくん、とスキンブルシャンクスは軽く肩を落とす。 やっぱり、このリーダーは堅物だ。ここまでくると最早天然の粋ではないだろうか。 「君って、本当に真面目だよねぇ……」 「……」 まぁ、それが君らしい所以かなぁ、とスキンブルシャンクスは笑いながら洩らす。 「――……恐いんだ」 マンカストラップはいった。 何が、とスキンブルシャンクスは訊かなかった。 「……すごく、こわい」 それだけいうと、マンカストラップは再び黙り込んでしまう。 スキンブルシャンクスは「そっか」とだけ返す。 こんなときに、こう思ってはいけないとは解っているが、少しだけ安心した。 何だかんだいったところで、彼も普通のひとなんだ。 どんなに普段、感情を押し殺していても、自分達と同じ若い猫の一人にすぎない。 「……例えばの話、ね」 風が、吹いた。 「バブが夜中に泣いてたら、どうする?」 「は?」 「答えて」 「……寝付くまで傍にいる」 「じゃぁ、ヴィクトリアが何かで困ってたら?」 「できる限り力になるさ」 「カッサとタンブルが破局寸前だってきいたら」 「…………」 「ごめん、例えが悪かった」 まぁ、とにかく。とスキンブルシャンクスは軽く咳払いをし、先を続ける。 「多分、他の皆に今の質問をしても君と似たような答えが返ってくると思う。相手の名前を誰に変えても、きっとそうだよ」 「……」 「もちろん、“マンカストラップ”に変えても、ね。これがどういうことか解るよね?」 マンカストラップは静かに頷いた。 「それに……」 スキンブルシャンクスは何事かを言いかけ、苦笑し、口を噤む。 「いや、なんでもないよ」 「――?」 マンカストラップは訝しんで、首を傾げた。 「さて、そろそろ帰りませんかね、リーダー?」 立ち上がり、対岸を指すスキンブルシャンクスの指先を追うと、見慣れた猫の姿が二つ、此方を見つめていた。 |
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