それこそがたいせつ。

 「コレ、カスタスの?」

 そういって手に取ったのは、婦人ものの日傘。
 細い柄と持ち手。
 白地に繊細な白いレースとフリル。
 これを差してカスタスが歩いていたら気色悪い以外のなにものでもない。
 あぁ。とカウンターからカスタスは応えて。

 「忘れ物だ、それ」
 「誰の?お客さん?」
 「此処の人?」
 「あー……また来るし、他にも渡さなきゃいけないものあるから、気にするな」
 「おれが届けてやるよ!」

 下心がミエミエだ。
 もっとも、こんな日傘を差しているなら、さぞ可愛らしくて、しとやかで、優しそうな女性に違いない、と思うのは悲しい男の性だ。
 カスタスは意地悪そうににやりと笑う。

 「フォーダー夫人」
 「!?」

 ガタン、と日傘が床に落ちた。

 「優しいなぁ、おまえ」
 「いいヤツだなぁ」
 「えらい子だぁ」
 「っ、今のは、言葉のアヤ……!!」
 「届けるのは帰りでいいからな」

 とどめの言葉に「うぉぉぉぉぉ」と頭を抱えて叫んでいる。無理もない。
 確かに、(ある意味で)“可愛らしくて、しとやかで、優しそうな女性”ではあるが根本的なところで何かが違う。
 そも、人妻に興味のあるヤツはここにはいない。
 そういえば。

 「――……子供、いるのかな?」

 ふと思ったことをそのまま口に出した。
 返答がないことが不思議になって周りを見れば、何故かみんな固まっている。

 「ねぇ、だって、疑問じゃない?」
 「まぁ……そうだけど」
 「英国にいるんじゃないの?」
 「あんまり考えたくねぇ……」
 「もう独立したんじゃない?」
 「いや、そんな歳でもないだろうよ」

 と、再びカウンターから声。

 「そっかぁ。カスタスよりちょっと上くらいだもんね」
 「いくつだっけ?」
 「35は過ぎてるだろうけど、40はいってないんじゃねーの?」
 「へぇ」
 「じゃあ、カスタスももう歳じゃん」
 「黙れクソガキ!!」

 きゃー。と飛んできたおたまを避ける。
 どう考えても遊んでいるようにしか見えない。

 「――……いないんじゃねーの?コドモ」

 確かに、そんな雰囲気は、ない。

 「あのおっさん、いかにも『リビドーの欠片もありません』って顔してるし」
 「人間は見かけじゃわかんないって」
 「てゆーか、そういう人ほど実はスゴイっていうのが定説」
 「リビドーって何?」

 服の袖を引っ張って説明を求められて、仕方なしに辞書どおりのことを教えてやる。

 「ラテン語でいうと欲望。フロイトにいわせれば性的衝動を発動させる力。ユングにいわせればすべての本能のエネルギーの本体」

 「ふぅん?」
 あぁ、やっぱりわかってない。

 「平たくいえば“むっつりスケベ”ってことだよ」
 「あ、うん、わかった」

 コンコン、と規則正しく2回。ふいに扉がノックされた。<CLOSED>の札があるのに、だ。
 カウンターにいるカスタスの代わりに応対に出ると、たった今、まさに話題のしていた人が立っていた。

 「こんばんは」

 奥さんと同じように、おだやかな声。

 「こん、ばんは……」

 何事もなかったかのように(いや、実際、扉の向こうにいた彼にとっては何事もないのだが)中へと入ってくる。

 「忘れ物をとりに来ました」

 差し出された日傘を「どうも」と、やんわりと受け取る。

 「あの……これ」

 カスタスは動揺しながらも、袋を渡した。

 「さっき、詰め忘れたんで」
 「ありがとうございます」

 たどたどしくも、礼を返す。さすが一応は商売人だ。

 「遅くに失礼しました」

 いえ、こちらこそ色々と失礼しました。とは思っても口に出さない。
 扉までいったところでふと此方をふりかえった。「あぁ」と何かを思い出したかのように口を開く。

 「ちなみに、リビドーくらいありますので、私」

 おやすみなさい。との言葉だけ残して、無情にも扉は閉まる。
 パタン、という音がやけに響いた。





















*補足。
一応、一つ前のと続いてるかんじで。ある意味化け物よりもよっぽど化け物じみているユージーン(笑)。
フォーダー夫妻は子持ちか否か。
というのが、実はCFYを観ての一番の謎だったりします、私(そこか!)。
2006年東京公演中期以降のMユージーンとKパトリシアのフォーダー夫妻しか私の頭にはないので。
もし(パトリシアはともかく)他のユージーンのイメージが強い方から見たらさぞかし違和感のあるものだろうなと。
少なくともパンフの写真で見たT見ユージーンは35〜40↑↓のイメージは無理がある(笑)。
どうでもいいんですが、さらっと下品でごめんなさい。
↑は名前を出していませんが、とりあえずピート視点、に見えてくれていればいいかもしれません。