no mark

 なんとはなしにチェックリストを眺め、ぺちっとそれをペンの背で叩いた。
 「ホテル名――ナシ。オーナー――ランク・ホーキンス」
 「“ランク・ホーキンスの宿”でいいんじゃない?」
 なんて安直な。とは口に出さず。そのまま、紙に書きこんだ。
 「食事――無いよりはマシ。決して美味くはない。とりあえず豆のスープはよろしくない」
 「おなかがすいていれば何でもおいしいわよ。ステイツの一般家庭の味だと思えば。油っこいフィッシュアンドチップスと変わらないわ」
 「客室――10以下」
 「6室よ、たぶん」
 「――……随分小さいな」
 「こぢんまりしてアットホームでいいんじゃない?」
 ここ、訂正してね。と指差された場所に線を引く。二重線で10を消し、6と書き換えた。
 「場所――ステイツのネヴァダ州デッドロック。治安――観光客が現地ガイドなしで出歩ける程度には安全……か?」
 「私、さっきお向かいの雑貨屋さんまでお散歩してきちゃった。何か不思議なもの売ってたわよ。フケシャンプー?」
 「そう……」
 いつの間に出掛けたのかと訊けば、「あなたがお風呂入ってるとき。お水の買い置きしなくちゃと思って」と返ってくる。
 どうでもいいが、湯を張ったら水漏れしそうなバスタブになんぞ入る気はしなかった。
 それをそのまま伝えれば、「じゃあ、お洗濯は洗面所でやらなくちゃ」と。あくまで何かがズレている。
 「ねぇ、アイロンて借りられるかしら?」
 「さぁ……それより、アイロンが存在するのか……」
 「あるわよ、きっと。ミスタ・ホーキンスは背広だったし。アイロンがないと背広は着られないわ。それに、新聞読むときも大変よ」
 いや、きっと新聞はない。そんな気がする。
 「気候――乾燥地帯、まではいかないが湿度は少ない。不快感はないが気温は高め」
 「ねぇ、霧がでない夕方ってすごく綺麗ね。むこうの山のほうまでぜんぶ真っ赤になるの」
 「……環境――砂漠のど真ん中。周辺に森有り。最寄り駅まで徒歩一時間のド辺境」
 「人間じゃたちうちできない大自然て素敵よね。ロンドンじゃほとんどもうお目にかかれないもの」
はぁ。と溜め息をつくと、ペンを置いた。
 「……パトリシア」
 「なぁに?」
 「本気で言ってる?」
 「えぇ、もちろん」
 “『もちろん』じゃない!!”という言葉を呑み込むかわりに、さらに深い溜め息をひとつ。
 こちらが何かを言おうとするよりも前に、彼女が口を開いた。
 「そりゃあ、あっちに比べればここはド田舎でド辺境よ」
 彼女はペンを取って、指先で器用にくるくると回しはじめた。
 「建物はぼろくて、道もきちんと舗装されてない。街灯だってないし……――」
 二度、三度と回して、飽きたのか、静かにペンを置く。

 「でも、そのかわり、空が高くておひさまがよくみえて、星が綺麗だわ」

 「そういうところなのよ、きっと。私はけっこう好きよ、そういうの」
 そこまでいうと、彼女はハタと口を噤み、彼の顔色を窺うように視線をあげる。
 「――……ごめんなさい。嫌いだった?」
 「否――そんなことは」
 ない、というわけでは決してないのだが。そんなことを言えるような雰囲気ではない。
 むしろ、ここで否といえば、何故か自分が物凄く小さな人間に見える気がする。
 結局、溜息とも苦笑ともつかないような曖昧な反応を返し、彼女が置いたペンを再び手する。躊躇いもなしにリストの総評価の欄に横線を一本を書き込んだ。
 評価不能。
 もしくは未知数。
 暫く付き合ってみないとわからないという点では、この土地は彼女と同じだった。








あとがき。