英雄の憂鬱。

 強いぞ、無敵、良い子のヒーロー
 あらゆる悪を打ち倒し、今日も行く
 天知る地知る人が知る
 孤高のヒーロー
 その名も轟け
 グレート・ランパスキャット


 *   *   *


 はぁ。とランパスキャットは本日何度目かの溜息をついた。
 (半ば無理矢理)住処にしている教会の一室は、午後の日差しが差し込み、惰眠を貪るには都合がよい。
 虚無主義だとか、超現実主義だとか、何だか格好のいいことを皆はいうが、自分自身にいわせれば、それはただの面倒くさがりで大雑把なだけに過ぎない。
 「……」
 でんっ。と積まれた封筒の束をみても、ただ「面倒だ」といった程度の感想しか生まれてこなかった。強いて付け加えるとしたら、「億劫だ」であろう。
 「うあ、何これ?」
 「カーバケッティ」
 不意にやってきたブチ猫が、封筒の山の一番上にあるものを手に取った。
 「すっげー大漁」
 「その表現はやめろ」
 この友人は常々少々オーバーリアクション気味なところがあるが、今回に限っては彼の反応が正しいだろう。
 「素朴な疑問なんだけど、ひょっとしてコレ中身全部一緒?」
 「いや、きっと違うだろう」
 「もしかしなくても、未開封?」
 「一々開けてやる義理もない」
 「?」
 視線だけでカーバケッティは中身の内容を聞いてくる。
 別段答えてやる義務もがないのだが、答えないのもそれはそれで不自然な気がして、ランパスキャットは口を開いた。
 「これか?これはな、お見合い写真というものだ」


 「ずるいなー。なんでこんなにもてるんだよ?」
 「別に、俺がもてているわけではないぞ」
 べりべりべりっ、とカーバケッティは封筒を片っ端から破き、中に入っている“お見合い写真”を取り出して眺めている。
 「この子なんて、ちょー可愛いじゃん」
 「あぁそうかい」
 カーバケッティが指した写真は、赤毛で勝気そうな表情をした雌猫が写っていた。引き締まった口元と、切れ長の瞳がどこか彼が熱を上げている彼女を思い起こさせる。
 「もったいないな。どうして見ようともしないのさ?」
 「興味が無い」
 「いいねぇ。そういう台詞が言えるようになりたいもんだねぇ」
 「だから好きでこんなもんを溜めているわけではないと言っているだろうに」
 「あぁぁぁ!!なんて羨ましい!!」
 くそー。と頭を抱えるカーバケッティがランパスキャットには理解できない。
 「お前は毎日毎日10通近く届く茶封筒に囲まれたいのか?」
 「茶封筒には囲まれたくないけど、毎日毎日10人近い美女に求愛されるなら悪い気はしない」
 疲れるだけだと思うぞ……。
 とは口には出さないでおく。
 でもさ。とカーバケッティがいった。
 「どうして急にお見合い?」
 そう問われ、ランパスキャットは初めて言葉に詰まった。
 何事かをいおうとして、口ごもり、苦虫を噛み潰したような顔をする。
 「――……家庭の事情というヤツだ」
 「え?君ってすでに所帯持ちだっけ?」
 「違う」
 疲れる。
 いつも噛み合わない会話だが、今日は尚更に噛み合わない。
 再び、ランパスキャットは本日何度目かの溜息を付き、口を開いた。
 「可及的速やかに後継者を作らなければならんらしいのだ」


 「なんというか、だ。つまり……その」
 「ぶっちゃけた話、とっとと子供を作らないといけないから結婚するってこと?」
 「要約するとそうなる」
 ぷっ。とカーバケッティが笑いを洩らした。
 「俺的には、ある日突然、どこかから美女が現れて、『やっと見つけたわ!こんなところにいたのね!』という展開を期待してたんだけど……」
 「タガーじゃあるまいし……」
 「んで、子供が『パパ!パパ!!』って……ダース単位で」
 「――……お前、俺をどういう目で見ている?」
 「こーんな」
 にゅっと、カーバケッティは目尻を横に引っ張って見せた。
 「……」
 「まぁ、冗談はともかく」
 わかんないなぁ。とカーバケッティは呟く。
 「別に君くらいの歳になったら、そろそろ放っておいても適当に相手選んで子供くらいつくりそうなもんじゃん。ご両親ってそんなに……心配性だったっけ?」
 「いや……ウチは、いい加減といっても差し支えないくらいに放任主義だったぞ」
 だから、こんなに大雑把になってしまったともいう。
 「じゃあ……」
 「ウチはな……」
 カーバケッティの言葉をランパスキャットは遮った。
 「グレート・ランパスキャットというものは、世襲制なんだ」


 「グレート・ランパスキャットは知っているな?」
 「知ってるもくそもさぁ……」
 「言うな。その先は俺も認めたくないんだ」
 曰く。ちびっ子たちのヒーローである。
 曰く。呼べば何処から現れ、窮地を救ってくれる(らしい)。
 曰く。怒ったジェリーロラムには逆らえないらしい。
 エトセトラ、エトセトラ……。
 グレート・ランパスキャットをこの街で知らない者はいない。もっとも、その正体を知っているものは大人に限るが。
 「とにかく、アレはウチが代々受け継いで守ってきた……言っておくが、俺は守りたくも何ともないというか、惰性で流されて仕方なくというか……とにかく、そんな感じでやっていたんだが」
 「うっわ、ちびっこが聞いたら泣くよー」
 「とにかく、だ」
 ランパスキャットはいう。
 「俺はアレを世襲制にする意味はこれっぽっちもないと思ってる。それに、仮に子供が生まれたとしても、自分が嫌だったことを押し付けたいとは思わない」
 「何だか正しいような正しくないような……」
 あ。とカーバケッティは廊下を指した。
 「マンカス!……ちょっと」
 通りかかったマンカストラップを呼び、手短に説明する。
 「この馬鹿がグレート・ランパスキャットの伝統を放棄しようとしてるんだけど、どう思う?」
 「放棄?」
 「アレって世襲制なんだって」
 「それが?」
 「自分の代で終わらせたいらしいよ?」
 マンカストラップは、少し何かを考えていたようだったが、暫くすると、ゆっくりと口を開いた。
 「……子供が、寂しがるとは思う」
 「そこか」
 よりにもよって、まずそこか。
 「でも、決めるのは、ランパス次第だし……」
 「つーか、最近グレート・ランパスキャットの出現率減ってるじゃん?もしかしてこのまま自然消滅?」
 「統計なんぞ取ったことないからわからないが、そうなのか?」
 「そうだよ」
 「何故?」
 「それがさぁ、自分がグレート・ランパスキャット変身するのが恥ずかしかったからというわけのわからない自己中心的な理由からなんだよねぇ」
 「誰がそんなことを言った!?」
 あながち外れてもいないのだが、ランパスキャットは否定した。
 「俺は、自分があまり好きではなかったことを他人に押し付けるのは嫌だといったんだ」
 「ランパス……」
 それはよくない。とマンカストラップが口を挟む。
 「ランパス、それは理屈がおかしい。お前は、俺がリーダーになるのを嫌がったときに「俺はグレート・ランパスキャットとして町のピンチを守るので手一杯だから、内部の統一はお前に任せる」とか何とかもっともらしいことをいって、俺に押し付けたんだぞ?」
 痛いところを突かれて、ランパスキャットは黙り込む。
 「しかも、みんなの前で多数決までとって、だ」
 「…………」
 「というわけで、お前がグレート・ランパスキャットの伝統を放棄していいかどうか、この場で多数決をとっても文句は言えまい」

 ランパスがグレート・ランパスキャットの伝統を放棄しちゃいけないと思うひとー。
 はーい!

 淡々というマンカストラップと、喜々として挙手をするカーバケッティが恨めしい。
 本当に、恨めしい。
 「……わかった」
 両手をあげて大人しく降参の仕草をする。
 「妥協しよう。俺は、これからもグレート・ランパスキャットとして活動する。三回に一回くらいしか出現しなかったのを三回に二回くらいには出現するようにする」
 「当たり前だよねー」
 「それが義務だろうに」
 「その代わり、だ」
 こめかみが引きつるのを感じながら、ランパスキャットは先を続ける。
 「お前たちはお見合いについては口を噤む」
 「合点承知」
 「いたしかたない」
 「それと」
 口周りの筋肉も心なしか痙攣している気がする。
 「カーバはグレート・ランパスキャットのことをこれ以上ガキ共に言いふらすな」
 「モトからしてないって」
 「マンカスは一月便所掃除変われ」
 「何だかとても不公平な気がする……」
 「うるさい、黙れ」
 問答無用で言い捨てると、ランパスキャットは言った。
 「以上、解散!」


 *   *   *


 こうして、カーバケッティと(主に)マンカストラップの尊い犠牲により、グレート・ランパスキャットの存在は守られた。

 行け、グレート・ランパスキャット
 飛べ、グレート・ランパスキャット
 今日もどこかで誰かが君を待っている。


 *   *   *

 次回予告

 唸る鉄拳、吹き荒ぶ暴風
 前代未聞の嵐の中、宿命の敵、チャイニーズ・マフィアのペギニーズ一家がグレート・ランパスキャットにいつぞやの復讐に挑みにくる!
 「くそぅ!こんなときに限っておたふく風邪になるなんて!!」
 グレート・ランパスキャットがおたふく風邪で倒れた今、皆は街を守りきれるのか!?
 次週、『勝利を我が手に』。括目して待て!!


――完――













ごめんなさい。

すみません。すっげー楽しかったです。タイトルと中身がさっぱり噛み合ってません。
グレート・ランパスの存在はリーダーの便所掃除と等価程度のモンです(笑)。
次回予告は勿論嘘です。