花葬


 先頭で、運ばれてきた棺に目をやりながら、彼は動かなかった。
 群集の声が酷く耳障りだ。

 エビータ、エビータ……エビータ

 五月蝿い、とさえ思う。
 たかだか女一人の死に何故ここまで騒ぐ。
 いや、当然だ。ただの女ではない。彼女はエヴァ・ペロン=エビータ……自分の妻だ。
 国中が涙してもおかしくは無い。足りないくらいだ。

 愛ではない。
 彼と彼女の間にあったものはそんな美しいものではない。断じて。
 『私はあなたのため、役に立つ女なの』
 あれほど打算の高い女を見たのは初めてだった。
 だからこそ、利用できると思った。
 そして、どこからそんな野望と自信がくるのかに、ほんの少しだけ興味をもった。
 だから、愛などとではない。

 彼女の瞳には常に光があった。
 馬鹿な奴等はそれに怯え、やれ娼婦だ、労働者が、淫賣だと騒いだが、それは全くの誤りだろう。
 淫婦や売女と思わない代わりに、哀れだとも思わなかった。
 『民衆はあなたについているわ』
 ゲームの勝ち所を、勝ち方を知っていて、勝ちにいける女性だと思った。
 それら全てをひっくるめた輝きが、彼女だった。

 聖女といわれても、そんなことは感じなかった。
 聖女は、あんな悪どいことはしない。
 強いていうならば、不器用な子悪魔。
 彼女が見ていたのは、国でも民草でも夫でも何でもない。
 幼い頃の、貧しかった自分。
 だからこそ、貧困に喘ぐ民衆を救いたかったのだろう。
 『私を、副大統領に……』
 病に蝕まれて、尚、彼女は輝いていた。

 鎮魂歌が流れる。

 「愛ではない」
 在ったものは、恐怖、畏怖、尊敬――そして、ほんの少しの同情。
 だが、それらが全てあわされば、それはおおむね愛のようなものだ。

 *   *   *

 そのラジオ放送を、マガルディは自室で聞いた。
 つけっ放しにしていたラジオからノイズ交じりにDJが臨時放送を伝える。

 「はん……!」
 何も、思わなかったといえば嘘だろう。
 ただ、思っていたほどの揺らぎは無かった。

 どこにでもいるような小娘一人に手玉に取られてからこっち、人生ろくなものではなかった気がする。
 そこそこ売れて、適当に女をつくって、捨てて……そして、今では“往年の”大スター扱いだ。
 田舎町の場末の酒場で彼女に拍手を送られた日々すら懐かしいと思う。

 『5年たったら帰ってくるよ。君はその時覚えてもいないだろうけどね』
 『私が行きたいのは、今よ』
 正直、あそこで「No」といえなかったことが、今でも悔やまれる。

 『売れないタンゴ歌手として消えるよりも、エヴァ=ペロンを引っ張り出した人物として歴史に残れる』
 そういったのは誰だったか。
 確かに、その通りだ。
 歴史に名前を残せる人間なんてそう何人もいやしないのだから、幸運といえば幸運なのかもしれない。
 ただし、

 永遠に“エビータ”の名前に縛り続けられて、だが。

 そういえば、彼女は初めて会ったときから既に“エビータ”だった。
 15になるかならないかというのに、あの瞳。
 他者を利用し、蹴落とすことに躊躇いが無く、そして、何より自分の価値を知っている瞳だ。
 それに、惹かれるものが欠片もなかったかといえば、嘘になる。
 よくよく考えれば、彼女こそが、誰よりも“エビータ”に、エヴァ=ペロンという人間に囚われていたのかもしれない。

 ウィスキーのボトルを開け、氷をたっぷり入れたグラスに注ぐと、彼はそれを軽く掲げた。
 「おめでとう、エヴァ。君はこれで自由だ」
 ラジオからは生前の彼女の声が響いていた。

 *   *   *

 大理石の墓前の前にチェはいた。
 だが、彼は知っている。
 豪華な見た目とは裏腹に、その墓の下は空っぽだということを。
 墓の主は、誰かに連れ去られた。

 つまるところ、彼女は誰だったのか。
 彼女は一体何をしたかったのか。

 『闇の国へ立ち去る前に教えてあげる』
 彼女が語るのは、現実を見すえた事実であるようで、限りなく理想論に近いものだ。
 正しいから彼女が語るのではなく、彼女が語るから、正しくなる。

 『やりぬくの 世界中に悪いことがあふれてる いっぱい』
 後の世に、彼女はどのように伝わるのだろう。
 聖母か、それとも、稀代の悪女か――どちらにしろ、歴史に大きな名前を刻むことは間違いない。

 貧民から、文字通りその身一つで駆け上り、頂点にたった後、あっけなくその生涯を終えてしまった彼女。
 もう少し生きていれば、その座から転げ落ちることもあったかもしれないのに。

 つまるところ、彼女が誰で、何をしたかったのか、自分は恐らく知っている。
 ただ、気付きたくないだけだ。
 他の奴が何ていおうが知ったことではない。
 自分にとって、彼女もただの人間であり、女であり、そして、ある意味での同志だ。
 何をしたかったのか、きっと、いわれるまでも無く知っている。
 「あんたみたいなやり方は好きじゃない」
 ぽつんと、彼は呟いた。
 「例え、結果が同じでも、俺はあんたのようには絶対にならない」
 愛しそうに碑銘を撫でる。
 「だが、今回は」
 この“アルゼンチン”を舞台にした最高のゲームは、結局彼女の一人勝ちだった。
 諦めたかのように彼は溜息をついた。
 降参、とでも言いたげだ。
 「あんたの勝ちだよ、“エビータ”」
 もっとも、勝ち逃げされた感はぬぐえなかったが。









最初のペロンの部分だけ拍手にも使ってました。
恐らく、最初で最後のエビータFF。
いや、書きたい気持ちはたくさんあるんですが……JCSとかエビータとか香蘭はなまじリアルに歴史ネタだけに難しいのです…………。