月下華人

 過去において未来にあり
 未来において過去にあり
 不変の如くに華を咲かせん











 深夜二時。
 ラム・タム・タガーはいつものように寝静まった夜の街をひとりで歩いていた。
 外見、性格ともに派手な彼の印象とは逆に、タガーは寂れた街外れを歩いている。

 初夏の夜の冷たい風が気持ちいい。

 夜遊びをするならば“赤線”にでもいけば手っ取り早いのだろうが、タガーはあそこをあまり好まない。

 ピンク街のネオンって好きじゃねぇんだよな

 例え頭の中は年中ピンクだとしても、妙なこだわりがあるらしい。
“赤線”の中の適当な場所でするんだったら、街外れの廃屋にでも連れ込んだ方がまだマシだ。というのが彼のこだわりの一つだ。

 ただヤれたらいいってんじゃねぇんだよ。

 意外なことに彼は情緒と浪漫を重視した。
 大体、それで相手が気にするならともかく、大体のそのテの商売をしている雌は“えぇ、タガー……私はあなたが手に入るのならばどこでもいいのよ”と答えるのだから問題は無い。

 現に、今日もそれでことが済んだ。

 一夜限りの約束をした雌と何時も通りに街外れの廃屋で楽しんだ後に、彼女が道のわかるところまで送っていく。
 それで、契約は終了。

 俺様、アフター・ケアもばっちりじゃん。

 クソ真面目なリーダーが聞いたら、
 「そんな契約があってたまるか!!」
 とでもいいそうだが。

 ふと、足を止め、夜空を仰ぐ。上から見られている気がしたのだ。
 「こんな時間まで何して遊んでいたのかしら?」
 目の前の屋根の上に黒い影がある
 「イイコトして遊んでたのさ」
 「そう」
 「あんたこそ……仕事帰りか?」
 とタガーが訊くと、彼女は「まぁ、ね」と曖昧に答えた。
 「あんた……今幾つだよ?」
 「秘密」
 「見た目がどんなに若くても……身体のことくらい考えろ?」
 「現役でいられるうちが華よ」
 「それもそうだ」
 こいよ、とタガーは彼女を呼ぶ。
 「これも何かの縁だ」

 *   *   *

 その後のことは、あまりよく覚えていない。
 多分、普通に普段どおりの話をして、普通に年頃の男女がする事をしたんだと思う。
彼女は彼の年代からしてみれば、高嶺の花であったし、彼も彼女からみれば、興味深い対象であった。
 お互いに慣れもあった。
 躊躇いも、何もなかった。
 「ねぇ、タガー……」
 ぽつん、とか彼女はいった。
 「あなた、守りたいものはある?」
 「あぁ」
 「訊いても?」
 いいかしら?ではなく、いいわね?と彼女は暗に言っていた。
 「そんなもの、決まってるじゃねぇか」
 「……愚問だったわ」
 苦笑し、彼女は立ち上がる。
 「なら、それを命がけで守りなさいな」
 「アレは、俺の聖域なんでね」
 いわれなくてもそうするさ。とタガーは答える。
彼女にいわれるまでも無い。どんなにちゃらんぽらんだろーと、万年発情期だろーと、決める時に決めるくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだ。
 「ならいいけど……そろそろ本気になりなさい」
 「そのうち、な」
 多分、何をしても変わらないだろう。
 アレはそういう存在だ。
 絶対永遠、不変の黄金率。世界の全てが変わっても、彼にとってだけは永遠に変わることが無い。
 ひとが、一生かかっても手に入らないものを、人生の半ばにも行かない内にタガーは手に入れていた。
 「一生、一方通行かもしれないわよ?」
 「そのほうが幸せなときもあるさ」
 まぁ、いいわ。と彼女は丈の長い上着の裾を翻し、扉へ向かう。
 「送るぞ?」
 「結構。中々楽しかったわ」
 「あぁ、そうかい」
 確かに、退屈はしなかった。
 「私は、それが訊きたかっただけだから」
 「何度でも訊いてみろ。同じ事言ってやる」
 「機会があったらね――」
 呟き、微笑むと彼女は扉を開けた。
 「行くのか?」
 「えぇ――おやすみなさい、良い夢を」
 「あぁ。じゃぁな、グリザ。俺も結構楽しかったぞ」
 「ありがとう」
 キィと、扉が軋む。
 「――さよなら」
 彼女が立ち去った廃屋には、壊れた屋根の隙間から月光が差し込んでいた。
 ラム・タム・タガーは崩れたコンクリートの壁の破片にもたれかかり、沈み行く月をずっと眺めていた。

翌朝、彼女は街から姿を消した。








私的にコレが精一杯のタガマンなんですが…………すみません。