彼女について私が知ってる二、三の事柄

 原真砂子という少女は有名である。
 なんとはなしにつけたテレビの中には本人がいた。
 テレビの中の彼女は愛想良く微笑んでいるけれど、見慣れた笑顔とはなんとなく違うものだった。彼女の笑顔が別人に見えるのは、きっとブラウン管を通して見ているからだけではないだろう。
 『――原さんは現役女子高生ながら霊能者としてもご活躍されて……』
 原真砂子という少女について知っていることは然程多くはない。
 彼女は18年前の7月24日に生まれた。獅子座のAB型で身長は152センチメートル。
 仕事柄だろうか、彼女は多くのことは語らない。
 その辺にいるファンや視聴者よりも知っていることは、せいぜい自宅の連絡先と携帯電話の番号そしてメールアドレスくらいなものだろう。
 『学校とお仕事の両立は大変でしょうね』
 『はい。ですが、私の学校は似たような境遇のひとが沢山いますから。それに、今の歳で両方の世界に身を置くことは大変な勉強になります』
 原真砂子という少女は甘いものが好きだ。和装の外見からだと想像し難いが、洋菓子の類も好んでよく食べている。
 他に好きなものはと考えてみるがあまりこれといったものは思いだせない。ただ、谷山麻衣や松崎綾子と話しているところをみる限り、年頃の女の子が興味をもつものには人並みには関心があるようだ。
 『オフのときはどうやってすごしているんですか?』
 趣味について以前訊いたところ、「こういう生活ですから」とはぐらかされてしまった。けれど、実際のところ趣味に時間を割くゆとりがないのも本当だろう。
 『最近は、オフも半分仕事のようなものですから』
 『とおっしゃいますと?』
 『テレビ以外で個人的にご相談を受けたり、後はお寺や神社、教会などに積極的に足を運ぶようにしています』
 『それは、やはり霊能力とかのご関係?』
 『いえ。そういうところに行くことで、確かにある種の充電みたいなものはできるのかもしれませんが、それは初詣や法事のときに厳粛な気持ちになるのと同じようなものだと思うのです』
 『それじゃあ、遺跡巡りに目覚めたとか?』
 『まぁ、それもありますが。――……私の友人には神道の方もいれば、仏教徒の方もキリスト教徒の方もいます。私も仕事柄そのような知識は皆無なわけではありませんが、彼らといると時々自分の無知を思い知らされます。特に、神道や仏教はともかく、キリスト教になると普段接することもあまりありません。知らないだけならともかく、知らないことによって傷付けてしまいたくないんです。だから、少しでも知る努力をしようと思うんです』
 『きっと、素敵なお友達をお持ちなのね』
 『はい』
 答えは実に短いものだったが、その瞬間の彼女の表情はテレビでのお愛想ともいつも皆でいるときに見せる笑顔とも違う、とても柔らかい笑顔だった。
 『後は、それこそ学校の補習の日々です』
 きちんと笑いをとることも忘れていないあたりが流石である。
 ――つまるところ、自分は原真砂子という少女について何も知らないに等しい。
 そう結論付けると、自然と溜め息が漏れた。
 知らないからといって別段何に支障があるわけでもない。実際、他のメンバーのことだって知らないことのほうが多いのだけれど。
 何故だかその事実が寂しい。
 ふと唐突に携帯電話が鳴った。着信を示すランプは淡いブルーに点灯し、電話がかかってきたことを示している。
急いで電話をとり、通話口に向かって応答すると、今現在、テレビの中で話しているものと同じ声が返ってきた。
 《――ブラウンさん?原です。ご無沙汰しています》
 「原さん?……こんにちは。お久しぶりです」
 なんという確率の偶然だろう。
 《来週から行く調査先のことなのですけれど――……ごめんなさい、もしかして今どなたかたとお話中でしたかしら?》
 「いいえ?……あぁ、たぶんテレビの音やないかと思います」
 《テレビ……?》
 「原さんが出てるやつです……ええと、あの、年輩の女性とのトーク番組」
 《……もしかして、あたくし濃紺色に紫陽花の着物を着ていますか?》
 「さいですね。とてもようお似合いですよ」
 《っ……………いますぐっ、テレビを消してくださいっ!大至急!!》
 「は?」
 《じゃなかったら速攻で局番を変えてください!!》
 「え、そんなもったいない……」
 《何がもったいないものですかっ!?あんなもの、身内の人間に見られるなんてことほど恥ずかしいことはありません……!》
 送話口の向こうから聞こえてくる大音声に苦笑する。
 テレビの中で落ち着いた声音で近況を語る彼女とはえらい違いだ。
 『以前、雑誌か何かのインタビューで映画や舞台もお好きだとおっしゃっていましたが?』
 《――とにかく、》
 『はい。ですが、最近はなかなか……“ル・マーズ”は是非とも拝見しにいきたいんですが』
 「…………原さんは舞台や映画がお好きやったんですね」
 それは半分独り言のようなものだった。
 《は?――好きですけど…………っ!?だからテレビを消して――》
 「今度行きませんか?一緒に」
 《……………………》
 「――原さんが嫌じゃなければ、ですけど」
 通話口の向こうからは《……反則だわ》、と聞こえた気がした。もっとも、その声は小さすぎて、うまくは聞き取れなかったが。
 《――あたくしが、断るとでもお思いですか?》
 「さいですね。すんません」
 何とも彼女らしい答えに思わず笑いが漏れる。彼女も彼女で、《わかればいいんです》と、わざとらしく高飛車に言ってのけた。
 《……金曜日――次の調査が終ったら、金曜日の夜なら……》
 「金曜日の夜ですね。わかりました」
 《あの……》
 「なんですか?」
 《……いえ。なんでもありません》
 それから、彼女は本来の目的であった用件を手短に話して電話を切った。
 テレビを見やれば、ちょうど放送が終了するところだった。
 『――本日のゲスト、原真砂子さんでした』
 ブラウン管の向こうで微笑みながら頭を下げる少女はやはりいつもとは違って見えたけれど、もう別人のように見えることはなくなっていた。







あとがき(080125)