But not for me

 あの夏以降、気づけば一緒にいる時間がふえていて。
 いつから意識しはじめたのかとか、いつから特別だと思うようになったのかなんて、もうおぼえてはいないけれど。
 いつのまにか、傍にいるのが当たり前のようになっていた。
 それでも、別に彼にとって特別な存在になりたいとか、傍にいてほしいとか、そういうことを望むわけではなく。
 傍にいたいとすら、思うこともなかった。
 きっと、傍にいたいと思えば、この関係は壊れてしまうだろうから。
 それでも、少しでもいいから、一緒にいたかった。
 今思えば、なんて浅ましい考えだったのだろう。
 「掃除、終わりました」
 「どうも、おおきに――なんや、原さんにはお世話になりっぱなしですね」
 「いいえ……」
 礼拝堂の鍵を渡せば、落ちつく間もなく、隣の部屋から子供のぐずる声がする。
 「すんません、ちょっとみてきます」
 「いえ、おかまいなく」
 半開きになった扉からは、昼寝の途中で起きてしまい――きっと寂しかったのだろう、泣く子供を彼があやしている姿がみえた。
 抱き上げ、また落ち着いて眠れるようになるまで語りかけ、背を撫でてやる。
 その声は穏やかで、笑顔はとても優しい。
 「――やっと、寝てくれました」
 戻ってくると、彼は苦笑まじりにそういった。
 けれど、その言葉には疲労も棘も感じられない。
 「大変ですね、いつもながら」
 「でも、自分が好きでやってることですから」
 苦ではない。と、彼はいう。
 嘘も迷いもない、純粋なこたえ。
 そういって笑えるのは何のためか。
 訊かなくても簡単にこたえがでる。
 彼の優しさがどこからくるのか。
 彼の笑顔は誰のためのものか。
 そんなことは最初からわかりきっている。
 「――かえります、あたくし」
 「車、よびましょうか?」
 「いいえ。結構です」
 物語の定石では、結局、なんだかんだでハッピーエンドがまっているけれど。
 所詮、それはお伽噺。
 愛の言葉も、永遠の絆も、しあわせな恋人たちのためのものであって、私のものではない。
 「原さん」
 戸口の前まできたところで静かに呼び止められる。
 「ありがとうございます」
 その笑顔すら、私に向けられたものではなかった。







あとがき。(080428)