「やっぱり手作りチョコは固いわよ」
 「何の話?」
 聞き返してくるヴィクトリアにジェミマは「やぁねぇ」という。
 「バレンタインデーに決まってるでしょう」
 この深窓のご令嬢のような雰囲気を醸しだしている真っ白な美少女は、極稀に、外見に反して女の子らしいところが ごっそりと欠如している場合がある。
 「誰かにあげるの?」
 『タガーに決まってるじゃない』
 これにはジェミマの隣にいたランペルティーザも答えた。
 「マンゴにはあげないの?」
 ヴィクトリアはランペルティーザに訊く。
 「それとこれとは別問題よ」
 ふぅん。とヴィクトリアは頷いた。
 「ジェミマは?アレ以外にもあげるの?」
 「そりゃあね」
 ジェミマは指を折って数え始めた。
 「スキンブルでしょ、ミストでしょ、ランパスでしょ……」
 「随分多いのね」
 「義理チョコってもんが存在するのよ、ヴィク。あ、後はデュト様とマンカス」
 あ。私もマンクにあげなくちゃ。とランペルティーザは言う。
 「――チョコレートって……一番好きな人にだけあげるものだと思ってたわ」
 「それじゃぁ、すぐに本命が誰だかわかっちゃうじゃない。つまんないわ」
 「ていうか、その発想がお菓子会社の策略だって気付こうよ」
 ランペルティーザの言うことを二人とも聞いてはいない。
 「ところでさ」
 と、気を取り直してランペルティーザは訊いてみた。
 「ヴィクは誰にもあげないの?」
 「……」
 そんなこと、考えたこともなかった。
 それ以前に、今までバレンタインデーに特に何をしたこともない。
 「……考えておくわ」
 たまには、こういうのもいいかもしれない。

 バレンタインデー当日、黒猫の枕元に白い包装紙にくるまれた差出人のチョコレートが届いたのは、また別の話。


 *   *   *


 「なー。今年は幾つもらえると思う?」
 コリコパットは訊いてみた。
 「三つ」
 「四つ」
 「二つ」
 うーん……。とその答えを聞いてコリコパットは唸りだす。
 「期待なんてするなよ」
 「貰えないのなんていつものことだろう」
 「義理でも貰えるだけありがたいと思え」
 最後のランパスキャットの台詞は年長者が言うだけあって何故だか説得力があった。
 「だって、みんなはちゃんと本命くれるヤツがいるじゃん」
 ギルバート然り。カーバケッティー然り。ランパスキャト然り。
 「オレだけひとりぼっちだー」
 『……』
 三人は顔を見合わせた。ランパスキャットが代表して口を開く。
 「――コリコ、いいたいことははっきり言え」
 「……」
 コリコパットは少し言いにくそうに小さく呟いた。
 「……ヴィクトリアからもらえるかなぁ?」
 『無理』
 だからいいたくなかったんだ。とコリコパットはぶつぶつと何事かをいっていた。
 「……義理なら何とかなるかもな」
 「『くれー』って言っておけばくれるかもよ?」
 「祈っとけ」
 友情なんてそんなもんさ。とコリコパットは思った。

 バレンタインデー後、コリコパットが何故か一人で元気だった理由を知るものは誰もいない。


 *   *   *


 「はい、お兄ちゃん。バレンタインデーだって」
 シラバブがちょこんと小さな包みを出す。
 「――バブがくれるのか?」
 マンカストラップは怪訝そうにシラバブを見返した。
 シラバブは人間でいえばまだ御年一桁だ。それどころか生まれたてほやほやといっても差し支えない。
 どこでこんなことを覚えてきたのだろうか……。
 「ちがうの」
 対してシラバブはきょとんとしている。
 「違うのか?」
 「ちがうの」
 ディミおねえちゃんの。とシラバブはいう。
 「お外にいたら、『お兄ちゃんに渡して』って」
 「ディミータが……?」
 益々わからない。
 「げんかんにまだまだあるよ」
 「…………」
 「バブ、もちけれなかったからおいてきちゃった」
 「――そうか」
 即ち、お義理チョコレートである。
 後が大変なんだ……。とマンカストラップは内心で毒づいた。
 とりあえず、それらを回収しなくてはと思い、部屋を出る。玄関にはシラバブのいうとおり、綺麗にラッピングされたチョコレートが幾つかおいてある。
 きっと、外で遊んでいたシラバブに言付けていったものなのだろう。
 「お兄ちゃん、バレンタインデーってなに?」
 チョコの日?とシラバブはきいてくる。
 「好きな人に、贈り物をする日だよ」
 それも違うな。と思いながらもマンカストラップはいった。あながちハズレではない。少なくとも、チョコの日ではない。
 「うれしくないの?」
 「どうして?」
 「だって、げんきがないの」
 みんなにすきっていわれてるのに?
 「そうだね」
 嬉しいね。とマンカストラップは微笑った。
 「バブ」
 優しくシラバブの頭を撫でてやる。
 「そういう好きじゃないんだよ」
 礼儀みたいなものだから。とマンカストラップはいった。
 「?バブはお兄ちゃんすきだよ?」
 「ありがとう」
 折角だから、後でおやつにしよう。とチョコレートたちに視線を向ける。
 「来年は、バブもお兄ちゃんにあげるね」
 「そうか」

 包み紙の中に幾つか本命が紛れていることは、出した本人しか知らない。








野郎にあげるよりも、友チョコ作って配ったりとかそういうことの方がおもしろい人間です、私(笑)。