6

冷たいこの土にあのひとを埋めてはいけない
暗い棺の中にあのひとを横たえてはいけない

「っても、墓堀りは立派な犯罪だよねー」
「ならオレを巻き込むな!」
しぎゃー。と身の丈程もあるシャベルに寄りかかり、ラム・タム・タガーはいう。
「しょーがないじゃん。厳選なる審査の結果、君が一番無難そうだってことになったんだから」
「それがアミダとかだったら怒るぞ、オレは……」
「そこまで馬鹿じゃないよ、僕は」

私はあなたを眠りへ導く
私はあなたの眠りを醒ます

「ツタンカーメンとか掘り当てちゃったらどうしよう」
「王家の呪いはご免だぞ」
いい加減嫌になってきたのだろう。ラム・タム・タガーの言葉はどこか投げ遣りだ。
「だって、しようがないんだよ。スキンブルはおもしろがるだけだろうし、ランパスじゃ積極性に欠ける」
「否定はしないが、散々な言いようだな……」
「それとも、マンカスにやらせたい?」
降参。とでもいうように、タガーは肩をすくめた。
「お前って本当に嫌なヤツだな」
「そりゃどうも」
ガツンと何かがシャベルの先に当たった。
口を噤み、手を早める。
二人がかりで棺を掘り出し、地面の上へと運ぶ。
「開けるぞ」

魔術師が詠い
死神が踊る

「――……やっぱりね」
溜息をつくミストフェリーズとは裏腹に、ラム・タム・タガーは「うそだろう?」と小さく洩らした。
空の棺をみて、ミストフェリーズは眉根を寄せる。
どうやらもう一波乱ありそうだ。
「……どうも僕は、君が簡単に舞台を降りてくれる気がしないんだ」
ラム・タム・タガーにも聞こえないような声でミストフェリーズは呟いた。

冷たいこの土にあのひとを埋めてはいけない
暗い棺の中にあのひとを横たえてはいけない




7

強くなりなさい。
そういったのは誰だったか。
父か、母か……もしくは両方だったかもしれない。
強くなりなさい。
この街を守れるくらいに?
いいえ。
いいえ。大切なものを守れるくらいに。
それならば、それはこの街と等価だ。
この街を守れるくらいの強さでは何がいけない。
いつか。
否、これをいったのは、父でも母でもない。
いつか、この街よりも、自分よりも、大切なものができるでしょう。
恋人のことを指すのならば、それは間違いだろうと思った。
多分、生涯そういうものとは無縁だろうから。
義弟もそういうだろうが、アレとはまた違った意味で、自分はそういうものとは無縁だ。
アレは、心のどこかで女を否定している。いや、生殖行為そのものを否定しているといった方が正解か。それでも、あの子は本質的な部分では、違う。いつか、全てを赦し、受け入れてくれる存在を待っている。
だが、自分は違う。行為そのものを否定してはいない。ただ、それに感情が伴っていないのだ。
だから、そんなものはできるはずがないと。
そう告げると、彼女は困ったかのように苦笑した。
それでも。
彼女は続けた。
それでも、いつか、あなたには大切なものができるでしょう。
街よりも、恋人よりも大切なものができるというのは想像できなかった。
街は、彼にとっては、家族と同じだった。それよりも大切なもの、という意味で〈恋人〉といったのだが、それでもないらしい。
いつか、といわれても、ピンと来ない。
大人になったらわかるだろうか?
と月並みなことを尋ねると、彼女は、静かに首を振った。
大人になんかならなくても、きっとその内に自然とわかってくるものだと、彼女は言った。
もしかしたら、もうわかっているのかも、とも。
大人になったら、逆にわからなくなってしまうかも。
大人にわからないことなど、あるものだろうか。子供にわからないことがわかるから、大人だというのに。
大人になると、子供のときにわかっていたものが、わからなくなるのよ。
そんなのは、身勝手だ。
えぇ。そうね。とても、勝手だわ。
大人になると、守りたいものが多すぎて、一番大事なものがわからなくなってしまうのかも。
そんなのは、阿呆だ。一番大事なものを見失っては意味がない。
そのとおりだわ。
俺はそんなふうにはならないい。
なら、強くなりなさい。
あれから何年たったのか。
最早彼女の顔も正確には思い出せない。
時間はどんなに止まって欲しくても、いうことは聞いてくれず、いつの間にか、大人になっていた。
大人になって、歳を下から数えた方が早かった自分の順番は、いつしか、上から数えた方が格段に早くなっていた。
その間に、確かに思うべきところは沢山あったかも知れない。
ただ、何となく変わらずにきているような気もする。
それでも、今なら最低でも自分の必要であると感じたものを守りきるくらいの芸当ができると感じるようになったのは、それだけの経験がなせる自負なのだろうか。
それとも、これが大人特有の驕りというものなのだろうか。
これが彼女のいうところの大切なものを守れるくらいの強さなのかはわからない。
そも、大切なものが本当にできたのかどうかさえもわからない。
ただ、失くしたくないものが増えてきたということだけは確実だ。
強くなりなさい。
そう告げた彼女こそが、害になった。
彼女を、彼女が教えた強さというもので排除しなくてはならないというのは、最高の皮肉だろうか。




8

ぼんやりと、ただその会話を聞いていた。
いや、ただ、そう思えただけであって、実際には無音。
会話を交わすその姿を内側からただ眺めていた。

瞳を閉じれば闇。
楽しげに会話を交わす自分の姿すら虚ろ。

朽ちていく。

おぼろげに思い出すのは、この街に来たころ。
その前。
生まれたばかりのころ。

肉の塊の中でアレと意識を融合し、今日もまた眠る。
段々とそのうち肉体を構成する細胞すらアレと同化するだろう。
最後には全てなくなり、アレの一部となる。
そして、アレはまた新しい器を探すのだ。

『我は生き続ける。過去を、現在を、そして未来を』

永遠に

『永遠に、生き続ける。決して我は滅びぬ。この器が死した後も我は器を変え、時代を変え、再び生きる』

朽ちることなく

『決して死なぬ……っ!我の名は過去において現在においてそして未来において永劫に人々との中に残るだろう』

それが、呪い

『それこそが恐怖、我の名こそが恐怖なのだ』

それが存在理由

ただそのためだけに、生きる。

朽ちることもできず、ただ、延々と――朽ちていく。
選んだのは、自分。

次に瞳を開いた時に、まだ自分は存在しているのだろうか。




9

「つまんないわ」
その呟きをきいて、彼は読んでいた本から視線を上げた。
「何が?」
「誰も遊んでくれないの」
「?」
視線だけで訊くと、ヴィクトリアは此方へとやってきて、彼の手の中に在った本を取り、ぱたんと栞もせずに閉じてしまった。
「ジェミマもランペルも今日はあのクソバカを追い掛け回してるの」
「ジェリーロラムにタントミールは?今日は休演日だから、どこかでお茶会でもしてるんじゃない?」
「えぇ、そうね。休演日だから、ジェリーロラムはガスの寝床の大掃除、タントミールはギルバートと一緒に隣町まで白鳥見物。デートの邪魔するほど野暮じゃないわよ、私」
「……そりゃ災難だ」
というと、彼は微笑い、優しくヴィクトリアの頭を撫でてやる。
「で、君は暇をもてあまして、僕のところに仕方なく来たというわけか。光栄だね」
「間違っちゃいないんだけど、もう少しソフトな表現は出来ないかしら?」
つまんない。といいながらも、彼女は楽しそうだった。
「――……ヴィクは、恋はしないの?」
周りが色恋沙汰にかまけてることをつまらないというなら、自分もその中にはいってしまえばいいのに。と彼は訊く。
「『黙って俺について来い』っていって説得力があるくらいにイイオトコがいたら考えるわ」
「うわ、理想高いなー」
苦笑し、「あのね」と彼は先を続けた。
「試験では、80点で優、70点で良、60点で可なんだ」
「なんのこと?」
「ようは、何事も60点とればひとまずは合格ってことだよ」
「?」
「世の中完璧な男なんていないんだよ。ましてや、最近じゃ女の子の方がよっぽど強いんだ。100点満点やら80点をまってるんじゃなくて、60点あればとりあえず妥協して、あとは女の子が育ててパーフェクトにしてあげなくちゃ」
その言葉に、ヴィクトリアは一度だけ、瞬きをすると、暫く考え込む仕草をし、その後ゆっくりと口を開いた。
「――……じゃぁ、ちょっとくらい気障ったらしくても目を瞑るべきかしら?」
「ちょっとならね」
「若干得体の知れない面妖なことをしでかしても、なかったことにすべき?」
「若干ならね」
「――……なら、身長がちょっとくらいちいさくても我慢するわ」
「うん、ていうか、そこは我慢するところじゃないよね、人として。むしろ、気にしなくて当然?」
「……わかったわ」
もう少し、考えてみる。と彼女は言った。
大切にしよう。
彼女が此処に来てくれる間は。
何かあったときに、此処に来てくれることを、素直に喜ぼう。




10
「――浪漫がたりない」
と、呟いたのはカーバケッティだった。
「毎日毎日定職につくこともなくふらふらと変化のあるんだかないんだかわかんない毎日を送っているのは、きっと我々に浪漫とゆーものが欠如しているからではないかと思うんだが、どうだろうか」
話をふられて、ギルバートは何と応えてよいかわからず、とりあえず適当に相槌を打っておいた。
「定職がないのと浪漫は全く関係ないと思うけど?」
「甘いぞ、ミスト。スキンブルば列車に乗っている理由なんかなぁ」
「乗務員のおねーさんの生足を拝むためとコンパートメント内の人間ドラマを観察するためだよ」
スキンブルシャンクスは笑顔で後を継いだ。
ミストフェリーズは「うぁ」とだけいうと、視線を逸らした。
「おれムショクだけど毎日たのしーよ?」
「君くらいの年齢ならばそれでかまわないのさ、コリコ」
お子様はそれでいいのさ。という言葉をカーバケッティは呑み込んだ。
「とゆーわけで、我々が充実した日々を送るためにはそれなりの浪漫が必要ではないかと思うのだよ」
「具体的には?」
と聞かなくてもいい事をタンブルブルータスは聞いた。
「うむ。いいことを聞いてくれた」
ふと視線を廻らすとランパスキャットと眼が合った。その途端に逸らされた。自分だけきっと無関心を装おうつもりだろう。ああいうのをきっと“むっつりすけべ”というに違いない。
内心で舌打ちすると、カーバケッティは机をバンっと叩いた。
「――というわけなので、雌猫全員にミニスカ着用を推進したいと思う!」
みんなの反応は割れた。完璧な無関心と、熱烈な賛同だ。
「丈は膝上15センチだろう!」
「スリットは後ろでギリギリまで!!」
「ニーソックス!」
「ぱんちら!!」
割りと収拾がつかなくなってきた頃に、ラム・タム・タガーはいった。
「つーか、ぱんつなんてはいてねーじゃん」














6:ミストフェリーズとラム・タム・タガー
ただ冒頭の韻が踏みたかっただけ(オイ)。埋まってるのは任意で。



7:ランパスキャット
これを書いてそのままなし崩し的に一人幸田王子祭りへと突入していきました(笑)。



8:――
任意で。一応ウチのマキャ論の一部。6からこっち一つずつ見ただけでは全く意味不明です。
根本的に、私の中でキャッツという世界観でのでかい一本の時間軸の線があって、それに沿って全て前後してるからこうなるんですが。
つくづくお客様に失礼なサイトで申し訳なさ100%。



9:プラトーとヴィクトリア
『世の中そうそうできた男なんていないんだ。大学の試験は可で合格なんだから、100点、80点、なんて狙わずにとりあえず60点がいたら妥協しておきなさい。いいか、世界中にいままでいた完璧な男なんてイエス・キリストくらいだ。けどな、ヤツだってパーフェクトじゃない。結婚できなかったんだ。ヤツは不能かイン●だったに違いない!!』
とある日熱弁をふるいだしたウチのドイツ語K教授……ネタにさせてもらいました。
もしキリスト教の方が此処を見ていたら本当に申し訳ありません……。



10:カーバケッティと愉快な仲間たち。
ぱんちらという単語にとてつもなく浪漫を感じます。