おわりのはじまり



 マキャビティという名前を大半の者は恐れている。
 それは、感情というよりも本能のようなもので。
 マキャビティという名前を聞いて恐怖を抱かない者の方が少ない。

 しかし、マキャビティを知る者は誰もいない。




 何故マキャビティを恐れるのかはわからない。
 けれど、マキャビティを恐れない猫はいない。
 あらゆる犯罪者達の頂点に君臨する者。
 彼には法など無意味なものに違いない。

 今日もまたひとり犠牲になった。




 ある日、街に黄色い猫が現れた。
 その猫はいたって普通の猫だった。
 ある日、どこからかふらっとやってきて、街にいついた。
 誰もその猫がどこから来たのか、どうしてきたのかを尋ねなかったが、それが普通だった。
 彼は、若干他の猫よりも体格がよく、眼も鼻も少しよかった。
 金色の眼は珍しかったが、この街には他に似たような色の眼が何人かはいた。
 鼻が利き過ぎることもあったが、それにみんながたすけられていることもあったので、誰も気には留めなかった。
 いたって普通。
 人当たりも良く、温厚で真面目。
 優しそうな瞳をした彼はすぐにみんなに打ち解けた。

 マキャビティとはどのような猫だろうか。
 「赤毛の猫」
 と誰かが言えば、
 「細身で鋭い眼差し」
 と誰かが答える。
 そうかと思えば、
 「犬のように大きい」
 という者もいる。

 誰も、マキャビティを見た者はいない。




 「おい、黄色いの」
 と彼は呼ばれた。
 「マキャビティを知っているか?」
 「知っている……と思うよ」
 「どういう意味だ?」
 「みんなとおんなじ。名前は知っているけれど、見たことはない」
 「当たり前だ。見ていたら、おまえはいまここにいない」
 「だろうね」
 「――何度も聞かされているだろうが……マキャビティには気をつけろ」
 「そうだね」
 どこか他人事のように彼は言った。
 「赤毛で細身の眼つきの悪いヤツには気をつけるよ」
 それでいい。と相手は頷いて去っていった。
 本当にそれでいいのだろうか、と思っていたのかはわからない。

 だって、誰もマキャビティをみたことがない。




 「――はじめまして、だね」
 向こうからやってきた雌猫に頭を下げた。
 「……私は、あなたを何度か見かけたわ」
 「それは気づかなかった」
 「いいのよ。私も挨拶をしなかった」
 真っ白い彼女はそれっきり黙ってしまった。
 沈黙が何だか気まずくて、彼が口を開こうとすると、彼女のほうから話しかけてきた。
 「――あなた、“マキャビティ”でしょう?」




 どう反応したらいいのかがわからなくて、彼がぽかんと口を開けていると、彼女が再び話し出した。
 「冗談よ。ごめんなさい」
 「冗談……だったんだ」
 「そうよ。私、新人さんには一度は鎌かけてみることにしているの」
 「――ぞっとしないね」
 というと、彼女が小さく笑った。
 「だって、この街のヤロー供ったら根性がないんだもの。新しく来たものを受け入れるのはいいことだけれど、用心に越したことはないわ」
 「それもそうだね」
 「それなのに、あの能無しの集団は『そんな無礼なことできるか!!』ですって。それで街中全員で共倒れなんて私は嫌よ」
 「――…………」
 「まぁ、訊かれる方も、むさ苦しいヤツラに詰め寄られるよりも、私みたいな可愛い女の子に訊かれる方がまだ許せるってモンでしょうしね」
 「すごい理屈だね……」
 「そう?――失礼なことをして悪かったと思ってはいるのよ。そこのところは理解して欲しいわ」
 「うん――気にしてない。此処が大好き、なんだね」
 そういうと、彼女はちょっと笑った。




 「しばらく前からいるけれど、もう慣れた?」
 「そうだね、大分」
 「みんなに挨拶は?」
 「したりしてなかったり」
 「なぁに、それ」
 上品に微笑む彼女を見て、彼は訊いてみた。
 「君は、物静かであまり笑わなくてとっつきにくいと聞いていたけれど……本当は、とてもお喋りが大好きで、よく笑う子だね?」
 そうよ。と答えた彼女に躊躇いはなかった。
 「そうよ、私はお喋りが大好き。笑うことだってよくあるの。でも、そうね……こんなにたくさん話したのも、笑ったのも、家と教会以外では久しぶりだわ」
 「どうして?」
 「だって、退屈なんですもの。私は、此処が大好きだけれど、此処には今は私の友達はいないの。みんな年上。私を腫れ物に触るみたいにしか扱ってくれないの」
 「嫌なの?」
 「嫌ではないけれど――たいくつ。つまらない」
 「えぇと……誰だっけ、確か――コリコパット?君と同じ年くらいじゃない?」
 「そうよ。でもね、『女の子とお喋りするのは嫌いじゃないけれど、男の子と野原を駆け回ってくたくたになるまで遊ぶほうが楽しい』んだそうよ」
 もう少したったら、きっと逆のことを言い出すなぁ。と彼は思ったけれど、相槌を打つだけにしておいた。
 「ねぇ、あなた――此処にこれからもずっといる?」
 「そうだね――多分。此処は居心地がいいもの」
 よかった。と彼女は輝くような笑顔をみせた。
 「じゃぁ、私のともだちになって」
 言われたことの意味がなんとなくつかめなくて、ぽかんとしていると彼女が寂しそうに眼を伏せた。
 「ごめんなさい。いきなり」
 「いや、そうじゃなくて――びっくりしただけ」
 できるだけ言葉を選んで彼はゆっくりと声にした。
 「もう、ともだちになってると思ったんだ」




 「ね、またお話してくれる?」
 「うん」
 「ありがとう」
 陽が随分傾いて、街が緋色に染まる頃、彼女は「帰らないと」といいだした。
 「また、遊んでくれる?」
 「もちろん」
 ありがとう、と小さく言って、彼女は微笑った。
 「私、ヴィクトリア」
 出会ったのも唐突なら、今日の別れも唐突で、それ以上に名乗るのも唐突だった。
 「あなたは?」
 彼は困ったように苦笑すると、彼女の頭を優しく撫でた。
 「何だと思う?」
 「わからないわ」
 「だよね」
 何て呼んでくれてもかまわないよ。と彼が言うと、彼女は困ったように、腕を組んだ。
 「じゃぁ、ポチ」
 「――それはちょっと嫌かも」
 「タマ、ブチ、チロ、それからえぇと……ハチ、ジロー、タロー……」
 「せめて猫の名前で」
 「だって、思いつかないんですもの――なんて呼べばいい?」
 苦笑し、すっとかがんで彼女と目線を合わせると、彼は言った。
 「本当の名前はね、ずっと昔に忘れてしまったんだ。だから、君が好きなように呼べばいい」
 「……」
 「次までに考えておいてね」
 「わかったわ」





 「ねぇ、あなたってもしかして神様?」
 別れ際に彼女はそう訊いた。
 「まさか」
 「そうよね」
 何事かを考え込むように手を口元に持っていく。
 「犬の名前は嫌、とかいう庶民派なひとが神様のわけないわよね」
 「間違ってはいないけど、それはどうかと思うよ」
 「まぁ、いいわ」
 一人で納得し、真顔になると、彼女はくるりと向きを変えて、歩き出した。
 「またね」
 「ん」
 家路へとついた彼女を見送って、彼も歩き出すと、声は後ろから降ってきた。

 「でもね、私には神様と似たようなものだったわよ」
 彼女の声が終わる頃には、彼はその場にはもういなかった。


 “When a crime’s discovered then Macavity is not there!”












実は無駄に空いている箇所には英文が打ち込まれていたのですが、版権引っかかるか微妙な路線だったので、消しました。
一番英文打ち込むのに時間かかったのにね!!

そんな私の無駄な努力を見てくださる方はコチラからどうぞ(笑)。

(乗せたら意味ねぇ!との突っ込みはナシの方向で)。