crowd

 昼下がりの中庭は騒がしい。
 否、学校というものはいつ、どこでだって騒がしい。静かになるのは生徒達のいなくなった時間だけであろう。だが、それも全寮制の大学ともなれば話は別だ。学生たちが途切れることは殆どないといってもいい。学校が静かになれば騒ぎの中心が寮に移るだけだ。
 日向の道を歩きながら、この騒がしさが移動するのに後どれくらい時間がかかるのだろうかと、さして意味のないことを考える。その傍らでさらに意味のない会話をしていると、ふいに隣の彼女が口を噤んだ。彼女の視線の先をたどると、緑の肌の女がこちらに向かって歩いてくる。
 むこうもこちらに気付いたようで視線をあげる。瞬間――ほんの少しの間だけれど、緑色の瞳と眼が合った。
 視線を戻すと、彼女は何かを言おうと口を開きかけていた。
 「――っ……」
 「いこう」
 彼女の口が何か嫌味を吐き出す前に、その手をとり、逃げるようにその場を離れた。

*   *   *

 「ちょっと……!なんで私たちが避けなきゃいけないのよ!?
 「別に……わざわざ不快になりに行く必要はないよ」
 「!?」
 「無駄に厄介ごとを引き起こさなくてもいいだろう?」
 「なによそれ……っ!?」
 彼女は彼を睨みつけると、無理矢理その手をふりほどいた。
 「あなたっていつもそう!絶対にあのこのことを悪く言わないのね!皆でいる時だって、皆を否定しないだけ。一人でいるときのあなたは絶対にあの女に冷たくしないのよ。私が知らないとでも思ってた?」
 あたたかくしているわけでもないけどね。と、彼は内心で付け足した。
 「もしかして――――あのこが好きなの?」
 ……勘弁してくれ。
 冗談じゃない。と、深く溜息をつくと、彼は切り出した。
 「別に――僕が彼女のことを好きだとか、そういうことはないよ」
 だが、嫌いでもない。
 「なら」
 「ただ――……面倒なだけだよ」
 嫌うことすらも。
 それはもう同調でも保身ですらなく。
 ただの停止。それ以上でも以下でもない。
 明確に彼女を嫌っている連中より、はるかに性質が悪い。
 多分、あの彼女本人なんかよりもずっと。
 噂に聞いたとおり、緑の肌が彼女の罪というのなら、それ以上は何色になるのだろうか。黒か、それとも――腐りおちるのだろうか。否、全ての生命がやがて土に還ることを考えればそれは違うのかもしれない。
 もっと、悪質な、何か。
 「最低ね、あなたって」
 「知ってるよ」
 自覚したところで、どうなるわけでもないということすらも。
 きっと、明日になれば皆と一緒にまた緑の肌を哂うのだろう。
 その次の日も、次の日も、ずっと――
 無意味だ。
 しかし、彼女を庇う義理もなければ、率先してそれを止める気力もない。そんなことは能天気なお嬢様や頭の軽そうな転校生に任せておけばいい。
 考えないことだ。
 思考を止めれば個としての人間はお終いだ。しかし、それは受動する側に限られる。与えられた情報を分析し、そこから自己の思考を形成することが観客には必要だ。ならば、発信する側になればいい。そこに個は求められていない。重要なのは、自分を殺し、もしくは捨てること。いかに回りに追従し、その場の調和を崩さないでいられるかということ。それだけだ。
 それでも、わりきれないことだってある。だから――
 できるだけ周りから話をふられないように。できるだけ緑色が視界に入らないように祈ることしかできなかった。








あとがき