wall flower |
姉のいない卒業式はなんとも味気ないものだった。 まだ寒さの残るなか、式は行われた。 普段の騒々しさが嘘のようにひっそりとした式だった。おそらく、由緒ある名門シズ大学始まって以来であろう超絶問題児を数多く抱えていたとは考えられないくらいに、静かな式。 講堂には卒業生全員が集められ、大人しく席についていた。 シズ大学第――期卒業生……名。 読み上げられた卒業生の人数は、記憶にあるものよりも一人少なかった。 記念品贈呈のために登壇したのはボック。 答辞を読んだのはフィエロ。 そして、卒業生総代は―― 仕方がないこととはいえ、彼女の名前が呼ばれ、卒業証書を授与される姿をみることは複雑だった。 もっとも、それを一番感じているのは他ならぬ彼女自身なのだろうけれど。壇上の彼女の横顔は綺麗な金髪に隠れてよく見えなかったが、その肩は小さく震えていた。 * * * 暦の上ではもう春になったのだけれど、吹き付ける風にはまだ寒さが色濃く残っている。 中庭の樹々の蕾は固く閉じたままで、花をつけるのは当分先のことになりそうだ。 「ネッサ!ネッサローズ!」 呼ばれ、振り返ると、グリンダがこちらへやってくるところだった。 彼女の周りには大勢のとりまきがいたが(彼女のとりまきは即ちネッサローズにとっての同級生になるのだが、生憎、ネッサローズはそれらを学友だと思ったことは一度もなかった)、とりまき達はグリンダが誰を呼んだか知ると、さっとその場からいなくなった。 「卒業おめでとう、グリンダ――凄い迫力だったわ、証書授与」 「ありがとう。卒業おめでとう、ネッサローズ」 これからどうするの? と、グリンダは訊いた。 「故郷に――マンチキンに帰るわ。父の後を継ぐのはもう私しかいないから」 「そう」 「あなたは?」 「私?私は――」 グリンダはふと口を噤み、無造作に手を振る。つられるようにそちらを見やれば、ボックとフィエロがこちらへ向かってくるところだった。 「私はエメラルド・シティに行くわ。行かなきゃならないの」 彼等が来る前に、グリンダは早口でそう告げる。 彼等はやってくるなり、最早今日の挨拶代わりとなった「卒業おめでとう」という言葉を口々に交わした。 「二人して何の話?」 「内緒。女の子だけの秘密のおはなしよ」 ね?と、グリンダは言った。ネッサローズもそれに頷く。 「私はこのまま行こうと思うんだけど……大丈夫?」 「えぇ。着いたら、実家から迎えにきてもらうことになってるから」 「なら、大丈夫ね」 ちょっと!と、グリンダはボックを呼んだ。 「女の子泣かせるなんて最低なことしないわよね?」 「も……勿論」 「まぁ、素敵。ネッサ、着くまでしっかり護衛してもらいなさいな」 「ちょっ!」 「頼りになる男性って素敵よね」 と、にっこりと微笑むグリンダに勝てるものなんているはずがない。 思い付いたように腕時計を確認すると、グリンダは「行かないと」と、呟いた。 「さようなら、ネッサ。元気で」 「えぇ、グリンダ――さようなら」 フィエロを引き連れ、足早に去っていくグリンダを、ネッサローズはみつめていた。 グリンダの後ろ姿がみえなくなると頭上から小さな溜め息が聞こえたが、敢えてそれは聞かなかったことにしよう。 「……行こう」 「えぇ」 姉が、彼女が、彼が、自分が。 誰もがここからいなくなる。 中庭の樹木に花が咲くところをみることはもうないだろう。 みることのないものは、存在しないのと大してかわりはない。 そして――例えみえていたとしても、みる側がそれを意識しなければそれはみえていないのと同じことだ。 誰の目にもとまらない花。 どれだけ綺麗な花を咲かせようと誰にも見てもらえない。 ここは、そういう場所だ――そういう場所になる。 ネッサローズは中庭を一度見渡すと、車椅子の車輪に手をかける。 頬を撫でる風は相変わらず冷たいままだった。 |
あとがき |