blue bird

開いた窓から心地よい風が吹きこんできた。
 風は広げた本のページをぱらぱらと繰り、扉の向こうへと去っていく。
 ネッサローズは文鎮で本のページを抑えると、文机の上に肘をつき、そっと息を吐いた。もっとも、誰もいない室内では、盛大な溜め息をもらしたところで誰も咎めはしないのだけれど。
 マンチキン総督の執務室は大して広い部屋ではない。他の国の総督や王族の執務室をみたことがないから単純にそう断言することはできないが、学生時代に入っていた寮の部屋とさして変わらないくらいなのだから、そういっても差し障りはないだろう。
 それでも、ネッサローズには広すぎた。
 開いた窓を閉めるためにも難儀しなければならない程に。
 ネッサローズは慣れた手付きで車椅子を操って、窓へと向かう。
 窓の外には初夏の景色が広がっていた。
 陽の光を浴びて眩しいくらいに輝く新緑と、色とりどりに咲き乱れる花々。そして、澄み切った青空。
 憎らしいくらいに綺麗な青。
 あの空の下を自分の足で歩いたことは一度もない。今までも――そして、多分、これからも、ずっと。
 青空の下、楽しそうに遊ぶ子供達の姿をみとめ、目を細める。
 羨ましいと思う気持ちはとうに磨耗していた。
 だからといって、仕方のないことだと割り切ってしまうこともできなかった。
 いっそのこと、母を――姉を心の底から憎んで、恨んでしまえればよかったのかもしれない。
 けれども、それすらもネッサローズにはできなかった。
 ――どうでもいい。
 母や姉を憎んだところで、脚が動くようになるわけではないのだから。
 それでしあわせになれるのならば何だってしただろうが、そんなことをしてもそれは手に入らないということくらいわかりきっている。
 今、重要なのは――
 ネッサローズは、窓枠に添えた手に力を込めた。
 ふいに間近で鳥が羽ばたく音がする。
 弾かれたようにそちらに視線を向けると、青い小鳥が、一羽、すぐ間近で羽ばたいていた。
 綺麗な羽根をもった青い小鳥。
 小鳥は二度、三度と羽根をはためかせると、甲高く一声鳴いて、大空へと飛び立っていく。
 青空と同じ色の羽根を広げた小鳥は、空に溶けてすぐに見えなくなった。
 「――総督」
 控えめなノックの音が響く。
 「どうぞ」
 「失礼します」
 ネッサローズは入ってきたマンチキンの青年を一瞥する。
 「明日の会議の資料ですが――」
 今、重要なのは――
 「総督?」
 歩けるようになっても、彼は傍にいてくれるだろうか。
 「どうかしましたか?」
 「いいえ」
 何でもありません。
 短く答え、ネッサローズは窓を閉めた。







あとがき