霊界空港は無駄に広い。 ついでにいってしまえば、そこで働いているひとも無駄に多い。 さらにいうと、何だかよくわからない無駄な部屋が沢山ある。 無駄、無駄、無駄と、これだけ無駄が揃った空港内だが、何故か役人の事務室に無駄はなかった。 それ以前に、役人の事務室がなかった。 なら、どこで役人が仕事をするかというと、発着ロビーである。だだっ広いロビーを入ってすぐのところに、コンピューターと机がささやかながら置いてある。 考えナシの建築家が図面を引いた空港は、ありとあらゆる面でユーザーフレンドリーを追求した(というより、それしか追求しなかった)造りになっていた。 到着した瞬間から出発直前まで安心安全なサポートをお届け! とゆーのが、基本コンセプトらしい。 そんなわけで霊界空港には、発着ロビー兼待合室兼役人事務室が存在する。 当のユーザーにしてみれば落ちつかなくて、傍迷惑このうえないが(何せ、他人の仕事場に乱入するわけだ。ゆっくりくつろげという方がどうかしている)、役人達はあまり気にしてないようだった。もしかしたら開き直っただけかもしれない。 「しつれーしまっす」 と、件の三人組が銘々掃除道具を手にロビーへとやってきた。 先頭を歩いていた暴走族は、入ってくるなり足を止める。それと同時に「ぁぐっ!」と呻いた。手にしていた掃除機を思わず自分の足の上に落としてしまったようだ。 「おやー」 「これはまた……」 後に続いていたヤクザと部長も驚きの声を漏らす。 「あ、皆さんおそろいで」 どうもー。と、彼らに気付いたエンジェルは声をかけた。 「もう掃除の時間でしたっけ。いつもすいませんねぇ」 「いやいやそんなこたぁいいんですよ」 「これも仕事ですから」 「そんなことより!」 暴走族はダメージから立ち直って――もとが頑丈なため、ダメージらしいダメージがなかったともいうが、掃除機を立てかけると、ビシッと一点を指した。 「何なんだよ、アレは!」 心なしか指先が震えていた。 指差したのはいいけれども、決してそちらを向こうとはしない。極力視界に入れるのを避けているようだ。 「何って……デビルですけど。見ればわかるじゃないですか」 今日の天気は晴れですね。 と、青空に向かっていうようにエンジェルは言った。 「それはさすがに俺でもわかる!」 「さすがにって、おまえ自覚あったのかよ」 「あー、これでコアラとかに見えたらびっくりですよねー。さすがに」 「そうじゃなくて!」 鬼の攪乱。 と、部長がこっそりと呟いた。 「そう!それだよ!」 「君、攪乱って意味わかってます?」 暴走族は今の台詞をきかなかったことにして続ける。 「何してるんだよ、アレは!?」 アレ。 暴走族が指した先にはデビルがいた。 事務椅子に深く腰掛け、その背に全身を預けて、静かに瞳を閉じている。仰け反った首と胸が、時折、呼吸に合わせて規則正しく上下する他は一切動かない。 「寝てますね」 「寝てる!?」 余程眠りが深いのか、すぐそばでこれだけがなろうが起きる気配は欠片もなかった。 「まぁ、レアですよねー」 「寝るのか!?眠るのか、アレは!?」 「僕達だって眠りますよ。眠らないでどうすんですか」 「いや、でも!何かアレに関しては寝ない気がする!!」 「やだなぁ。爬虫類じゃないんですから」 ※爬虫類も眠る。念のため。 「――……不気味だ」 と、暴走族は言った。 「明日は雨かねぇ」 「それをいうなら明日は磁気嵐では?」 「俺は軌道を外れた彗星が突っ込んできても驚かねぇ!!」 「いやー、太陽風がちょっと強くなるくらいじゃないでしょーかねぇ」 「せんせーい!おでこに『肉』って書いてもいいですかー!?」 「あっはっは。僕は止めませんけど、後でどうなっても知りませんよ」 それはそれでタチが悪い。だったらきちんと止めて欲しいところだ。 疲れてるんですよ。 と、エンジェルは言った。 「ここ何日かろくに寝てないみたいなんで。寝かしといてあげて下さい」 先日の始末書やら何やらの後処理に終われて、ろくに睡眠がとれていなかったようだから、と。 ここに来る度に書類の山を淡々と――時に悪態をつきながら、デビルが 片付けているのを、三人とも目にしていた。 「結局、全部このひとが片付けたんですか?」 「そうですよ」 「旦那は本当に手伝わなかったんですかい?」 「えぇ、まあ」 「一枚も?」 「だって、手出そうとすると怒るんですよ、このひと」 それは、あんたの手の出し方が悪いのでは? とは、思っても口には出さなかった。 どうせエンジェルのことだから、笑顔で神経を逆撫でするようなことを言ったのだろう。 「さて、と」 トンっ、と手にしていたファイルを所定の位置に収めると、エンジェルは立ち上がった。机の下から大きめの――二、三泊はできるくらいの荷物が入りそうな鞄を取り出し、そこに身の回りのものをまとめ始める。 通勤もしくは出張、という概念のない彼等にとっては珍しい光景だ。住居は空港内にある。大きな荷物は必要ない。 「どこか行かれるんですか?」 「えぇ。ちょっと、本部まで」 エンジェルは苦笑した。 「この間の件の審判があるんです。遠いし、面倒なんで、本当は書面で済ませたかったんですけど、上のひと達はどうやら口頭弁論にしないと気が済まないみたいでして――まぁ、お役所なんてそんなもんです」 部長がその言葉に深く頷いた。 「お一人で?」 「いや、本当はそこのひとも連れていかないといけないんですけど。ほら、このひと連れていくとまとまる話もまとまらないとゆーか、とりあえず周りに喧嘩売って歩いてるようなひとなんで、僕だけでいこうかなぁって。あ、代理人選定届書いてないな、そういえば」 最後の方は独り言のように呟くと、エンジェルはそっとデビルの机を漁り印鑑を取り出した。ポンと、慣れた手つきで判を押すと、もとの通りに戻す。 「あ、これ内緒にしといて下さいね」 「はぁ……」 バレるのは時間の問題だろうが、誰も敢えてそれを言わなかった。 「3日くらいで帰ってこれるとは思います。それまで、『ちょっとした休暇だとでも思ってゆっくりしてろ』って伝えておいて下さい」 「……わかりました」 伝えろと言われたからには伝えるが、伝えた後のこのひとの反応を考えると怖ろしくて仕方ない。 「あぁ。そのひと、そこに転がしておいていいですけど、風邪とかひかれても厄介なんで、皆さんがここを出るときにでも起こしてあげて下さい」 それで言いたいことは言い切った、というようにエンジェルはとびきり爽やかな笑顔を見せる。 「じゃぁ、いってきます!」 おみやげは生八橋ですから! と告げると、シュタッと敬礼をして、エンジェルはロビーを後にした。 「結局、何だかんだで良い人なんだなぁ」 「そうか?」 「悪人じゃないだろうよ」 「良い人ではない。悪い人でもないけど」 「……」 微妙な評価に落ちついてしまったが、否定する要素が何もなかった。 はぁ。と、誰からともなく溜め息をつく。 「なんだかなあ」 と、もう一度似たような言葉を呟く。それに重なるように、ガタンっ!と大きな音がした。 「あ、起き……」 「今……何時?」 気だるげに瞼を持ち上げると、デビルはそう訊いた。もっとも、彼等の答えを聞くまでもなく、自ら机上の時計に手をのばしている。 時刻を確認すると、デビルは――端で見ているこちらからもはっきりとわかるほどに、青ざめた。 瞬時に時計を放り出すと、椅子から跳ね起き、そのまま床に座り込んだ。 「っ……!」 「ちょっ……腹筋だけで起きるなよ!馬鹿か!?」 「せめて片手くらい使って!」 「寝起きにそんなことしたら血圧に悪いですって!」 「――……的確なご指摘をどうも」 あの馬鹿は?と、デビルは訊いた。 「馬鹿?」 「エンジェル!」 「あぁ、それなら本部に行くってちょっと前に出ていきましたよ」 「!?」 「3日くらいで帰ってくるからそれまで『休暇だとでも思ってゆっくりしてろ』、だそーだ」 「……………」 筋金入りの馬鹿。 と、デビルは呟いた。 「一人で乗りこんでどうすんのよ。代理人選定届も書いてないのに……」 「あぁ、それなら、何か出発直前に書いてましたよ。よかったですねー」 「……」 「いいじゃないですか。それこそ、『休暇だとでも思って』以下略」 「――……よくない」 椅子に座りなおすと、デビルは大きな溜め息をついた。 「あれが一人で行ったら、まとまる話もまとまらない。とりあえず周りに喧嘩ふっかけてるようなヤツよ――後始末考えただけでもぞっとする」 「はぁ……そうですか」 「そうよ。大体、こういうのはねぇ」 「他人の手柄を自分のものにした、ですか?」 「そう――じゃなかったら、ただのええカッコしいだわ」 ええカッコしいエンジェル。 それは何故か容易に想像できた。 楽して一番おいしいところをもっていく。 “そういう”場面は外さない。 そんなヤツだ、エンジェルは。きっと。 「……馬鹿馬鹿しい」 そう吐き捨てると、デビルは席を立つ。 「本部行きの便はもうないですよ?」 「わかってる――帰って寝直すわ」 それはすなわち―― 「……ふて寝?」 「うるさい!」 その不用意な一言に怒号が飛ぶ。 黒衣の姿が完全にロビーから消えると、三人は顔を見合わせて溜め息と共に肩を落とした。 これから三日間、平穏無事に過ごす自信はどこにもなかった。 |
あとがき |