Cage

 「マンゴの馬鹿!!もう知らない!」
 壮快な平手の音と共に、ランペルティーザの大きな声が響いた。
 「お、おい、待てよ!!」
 マンゴジェリーは打たれた右頬をかばいながら、ランペルティーザを引き留めようと、彼女の腕を掴む。
 「イ・ヤ。離してよ」
 「待てったら」
 「嫌って言ってるでしょ!」
 「ランプ!!」
 無理矢理にでも出ていこうとするランペルティーザを、何とかして止めようと、マンゴジェリーはもう片方の腕も伸ばした。
 「あ……」
 が、伸ばした位置がよろしくなかった。
 「ごめ………ん」
 丁度、運悪く(よく?)マンゴジェリーの腕はランペルティーザの胸を掴んでいた。
 「――――………何かいうことは?」
 「………小さい」
 「それだけ?」
 「大丈夫、まだ育つはずだ」
 「最低!!」
 そう言い捨てると、ランペルティーザは外へと飛び出していった。

 *   *   *

 マンゴジェリーがお気楽に扉をノックすると、中からは眉間に深く皺を寄せたマンカストラップが出てきた。今日も今日とて苦労性のリーダーは胃痛と戦っているのかもしれない。
 「――で、今度はお前か、マンゴ」
 「え、何、今度って?」
 これ以上ないというくらい深く溜息をつくとマンカストラップは先刻マンゴジェリーが入ってきたばかりの扉を指す。
 「今すぐ帰れ。今すぐに、だ」
 「へ?」
 「帰れ」
 「ちょっと待って」
 今回は何もしてないんだけど。とマンゴジェリーは抗議する。
 「まったく……」
 座れ、と仕草でマンゴジェリーに促すと、マンカストラップはいった。
 「さっきまでランプがいたんだ」
 「あ、やっぱり」
 「やっぱりって、お前……」
 「だって、ランプは昔から何かあるとマンカスのところに泣きついてたじゃん」
 そう、だっただろうか。訊くと、マンゴジェリーは「そうだよ」と、さも当然のように返してくる。
 「一番初めからそうだった」

 *   *   *

 「いい月だ……」
 マンゴジェリーは呟いた。
 「そうは思わないかね、リーダー?」
 振り返りもせずに、月を仰ぎ見たまま、マンゴジェリーは言う。
 「思わない」
 「おや、少しは大自然と一体になって“生命のシンピ”とやらを体感してみるのもいいと思うよ?」
 「大都会のど真ん中で何を阿呆なことを……」
 「情緒がないねぇ」
 「一般論だ」
 「“気の持ちよう”だろう?」
 「限度がある」
 「石頭」
 「何とでも」
 そんなことより。と、マンカストラップはマンゴジェリーに詰め寄った。
 「隣町から苦情が来ている。隣町の三丁目の田中さんの庭先を荒らした挙句、去り際にそこの飼い猫に喧嘩売って帰ってきたのはお前だろう、マンゴ?」
 まさか!?とでも言いたげに大袈裟に肩をすくめると、マンゴジェリーは溜息をついた。
 「俺がそんな馬鹿なことするわけないじゃん」
 「しらばっくれるな。何が“俺の名前はマンカストラップ、悔しかったら、デュトロノミーのいる教会にまでこい”だ?こんな馬鹿なことを言うのはお前以外考えられるか」
 「違うよ、俺が言ったのは“ふはははははは!!オレの名前はマンカストラップ、悔しかったら、デュトロノミーのいる教会にまでこい!!”だ。エクスクラメーションマークと、笑い声が抜けてる」
 マンゴジェリーはその時の状況を再現するかのように、大袈裟な振りをつけて台詞を言う。何か、路線を間違えた、悪の大魔王――いや、三流悪役のようだった。
 「やっぱりお前か」
 「あ」
 しっまた、とマンゴジェリーは小さく呟き、口を噤む。
 何のことはない。ただ単に鎌をかけられただけだったのだ。
 こうなったら……。
 「三十六計逃げるにしかず!!」
 くるりと向きを変え、マンゴジェリーは隣家の屋根へと飛び移り、そのまま走り出した。
 「待て!逃げるな!!」
 「逃げてない!」
 後ろからくる怒声に反射的に怒鳴り返す。
 「戦略的撤退だ!!」
 「自分で“三十六計逃げるにしかず”と言ったんだろうが!!」
 「表現の自由!」
 「意味が違う!」
 「黙れ、愚民化教育の手先め!」
 「何の話だ!!」
 噛み合わないやり取りをしながらも、マンゴジェリーは逃げ続けた。
 民家の屋根の上を駆け、塀を飛び越え、木によじ登り、他人の庭先に失礼して――この時、植木鉢が一つ落ちて割れたが、深くは気にしないことにした――。
 自分ではかなりの距離を走ったつもりだが、マンカストラップはまだしつこくついてくる。
 当然っていったら当然だわな……。
 太い木の上で立ち止まり、苦笑すると、マンゴジェリーはマンカストラップから死角になる位置に身を隠した。
 オレの庭で鬼ごっこしようなんざ――。
 マンカストラップが走ってくるタイミングと角度を計算し、さっと足を出す。
 「百年早いんだよ!!」
 「――!!」
 うっしゃぁ!!と小さくガッツポーズをするマンゴジェリー。阿呆全開。
 「ご愁傷様」
 南無。きれいに手を合わせ、合掌する。
 かなりの高さがある木だが、下は芝生になっているし、マンカストラップの運動神経を以ってすれば、落ちたところで大事無いだろう。
 ちょーっと、痛いかもしれないけどなぁ……。
 打ち身か、かすり傷……途中の枝に引っかかればそれすらもないかもしれない。
 まぁ、別にどうでもいいんだけどさ……。
 根本的なところであの堅物とは相性があわない気がする。好き、嫌いの問題ではなく、“あわない”。世の中には必ず何人かはそういうヤツがいる。そして、そんな相手に限って、どうしてか関わらなくてはいけない。理不尽なことこの上ない。
 「よっ」
 掛け声と共に、マンゴジェリーは隣の木に飛び移り、再び駆け出した。
 見てる分には、ものすごく楽しいんだけどなぁ……。
 好き、嫌いだけでいえば、決して彼のようなタイプは嫌いな部類ではない。きちんと一本筋は通すし、嘘をつかない。他の街の大人たちに比べ、彼が何倍マシなことか!
 けれど、現実に付き合いたいかというと話は別だ。
 どっちにしろ…。
 「オレには関係ないね!」
 とにかく関わりたくないということだけは事実だ。
 勢いをつけて、枝を蹴り、夜空に舞う。
 なんとも言い難い飛翔感――
 五感全てで何もかもを感じ取るこの感覚……!
 これを理解できるものは自分の他にはいないに違いない。
 優越感とも、専有感とも、何とも違う。
 猫であり、猫であらざるこの瞬間――
 「……!」
 着地の瞬間、マンゴジェリーは一瞬、目を見張った。
 どうして――!?
 身体を捻り、器用に塀の上に着地をし、振り返る。
 確かに、一瞬だけ視線が合ったのだ。
 「……おまえ…」
 四角い段ボール箱の中で膝を抱える仔猫。
 「何やってるんだよ、そんなとこで!?」
 今にも泣き出しそうな、けれど、どこまでも強く輝く瞳で此方を見返してくる。
 「……」
 彼女はマンゴジェリーの問には答えなかった。
 「捨てられたのか?」
 「……」
 「おい」
 「……」
 「何とか言えよ」
 「……」
 頑なに答えない彼女。マンゴジェリーは諦めたかのように深い溜息をついた。
 まったく……。
見たところ、まだかなり幼い。生まれて間もない、とまではいかないが、一人で生きていくにはまだ早すぎる歳だろう。
 どうすればいいかマンゴジェリーが考えあぐねていると、彼女はぽつんと口を開いた。
 「ねぇ、あたし、すてられたの?」
 「――!?」
 嘘だろう。とマンゴジェリーが彼女に聞こえないように呟いた。
 こともあろうか、彼女は自分が捨てられたことも自覚していないではないか。
 「ねぇ、そうなの?」
 そうなんでしょう?と暗に彼女は聞いてくる。
 違う、といってやることは容易い。だが、どう足掻いたところで事実を曲げることはできない。
 どうすることが一番よいか。
 やさしさほど残酷なものもない。
 考えろ、考えろ――!!
 「いや……」
 ふと、こんなときだというのに、浮かぶのはこの街のみんなの顔だった。
 考えてみれば、マンゴジェリー自身が物心ついた頃から一人であった。
 人間に飼われていた記憶もなければ、両親に先立たれた記憶もない。それでも、寂しいと感じたことは、捨てられたと感じたことは一度もなかった。
 あぁ、そうか……。
 マンゴジェリーは微笑むと、口を開いた。
 「オレたちに会いにきたんだよ」
 マンゴジェリーの言葉に彼女は目を丸くする。
 「ようこそ、ジャンク・ヤードへ」
 そういうと、マンゴジェリーは再び軽やかに手近な木に登り始めた。
 下では彼女が何事かを喚いているが気にしているヒマはない。
 なるべく周りからも目立つ位置まで登りつめると、マンゴジェリーは大きく息を吸った。
 まだ、オレのこと探してくれてるといいんだけどねぇ……。
 一種の賭けであったが、そこは泥棒。賭けは十八番だ。
 「 “ふはははははは!!オレの名前はマンカストラップ、悔しかったら、デュトロノミーのいる教会にまでこい!!”」
 マンゴジェリーの笑い声が消えるのと、リーダーの怒声が街中に響き渡るのはほぼ同時だったという。

 *   *   *

 「結局、オレのとこに来てからだって何かあるとランプは『マンク、マンク』っていってさぁ……オレはそんなに信用がないのかねぇ」
 「当然だ。第一印象がアレでは信用もくそもないだろう」
 「すみません」
 「――とにかく、だ」
 マンカストラップは言った。
 「会ったらまず初めに謝れ」
 「えぇー」
 「“えぇー”じゃない」
 「オレ悪くないのに?」
 「女性の胸を触っておいて『悪くない』はずないだろう」
 「あれは不可抗力」
 どっちにしろ、とマンカストラップは続ける。
 「こういうとき、男が折れないでどうするんだ」
 「あー、女性蔑視だ」
 「いってろ」
 せめて、フェミニストといってほしいところだ。
 まぁ、いいや。とマンゴジェリーは席を立つ。
 「とりあえず今日のところは帰るわ」
 「あぁ、とっとと帰れ」
 酷いなー。と文句を言いながらもマンゴジェリーは大人しく出入り口へと向かう。
 そういえば、と寸でのところでマンゴジェリーは振り返る。
 「マンカスもあいつのこと“ランプ”って呼んでたんだな」
 「それが?」
 「べつに」
 じゃあねー。と今度は顔を見もせずにマンゴジェリーは去っていく。
 「……いやなやつ」
 


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当初別個のものだったものを二つにつなげたために続いてしまいす……。
続き物以外は無いのか!
とか突っ込まないようにお願いします……。