R大付属病院の控室で綾子はつまらなそうに欠伸をした。 控室にいるのは安原と綾子の二人だけだ。 R大付属病院に着いた後、すぐに控室に通された。控室に来てから早一時間。『このままここでお待ちください』と言われたきり、誰かが来る気配はない。 「眠そうですね」 安原は手元の資料から視線を上げてそういった。 「そりゃあね。朝だもの」 もっとも、午前中も半ばを過ぎ、時計の長針と短針が重なるまで一時間を切っている。 安原が乾いた笑いをもらしていると、廊下のほうからカツカツカツと慌しい足音が響いてくる。足音はそのままガチャリと扉を開け、控室の中へと入ってきた。 「お待たせしました、綾子さん」 足音の主は人のよさそうな顔をした青年だ。薄い眉を困ったように――実際に困っているのだろうが、ハの字に寄せているため、より一層そう見える。否、むしろ気の弱そう、といったほうが正確か。 「例のカルテのコピーです。後、こちらがその患者さん達に関する資料です。当日の看護婦の証言は、今日はその看護婦が夜勤みたいなんで、後々メールで送信します。他に足りないものとか、不明な点がありましたらまた連絡してください」 「ありがとう。助かるわ」 「まったく……本当にこれっきりにしてくださいよ」 ナルから情報収集を指示された後、綾子はR大付属病院に勤務するという知り合いの医者に電話をかけると、そのままアポをとった。そしてA女子校の事情を話すと、そのままカルテのコピー等必要な資料を入手する算段をとりつけてしまった。その手際のよさは、安原が一瞬言葉を失うほどのものであった。 「綾子さんの頼みだから今回はOKしましたけど。部外者にカルテのコピー渡すなんて、ばれたら僕クビですよ、クビ!!」 「あら、そうしたらまたウチで雇ってあげるわよ」 「そんな簡単に!」 実際に綾子がこの若い医者(もしかしたらまだインターン中なのかもしれない)とどのような会話をしたのか安原は知らない。しかし、部外者にカルテのコピーを渡すなんぞという違法行為すれすれのことをさせるからには、余程“それっぽい”理由をつけたのか、それとも、綾子が彼の進退に影響を及ぼすような重大な弱みでも握っているか、どちらかだろう。 「何言ってんのよ!何かあっても食いっぱぐれない保険があるだけ良しとしなさいよ!」 ――否、単に綾子が怖いだけかもしれない。 彼は諦めたように溜息をついた。 「――まぁ、いいです。とにかく、資料は今のところそれで全部ですから。きちんと管理して下さいね。後、患者さんたちは302と501に入院していらっしゃいますんで。今の時間だと、多分面会にこられる方は少ないと思いますんで、あまり詳しい話は聞けないと思いますけど」 肝心の被害者が尋常な状態でないのだったら、家族から話を聞くしかないのだが。 「――できれば、その“家族の人”と話したいんだけど」 「それは、運次第ですね。つーか、家族の方が何時面会にくるかの時間まで僕責任もてませんよ」 「そうよねぇ――……まぁ、いいわ。どうもありがとう」 綾子は微笑むと、渡された資料を大事そうに鞄の中に閉まった。 「――……警察沙汰はごめんですよ」 彼は低くそういった。 「僕一人のクビでどうにかなるなら、それでいいんですから。綾子さんたちの人生棒に振る必要はないんですからね」 あぁ、この男性は綾子のことが好きなのだ。と、安原は直感した。そして、その瞬間、全ての辻褄が合った。 「馬鹿なこといってんじゃないわよ。アタシがそんなヘマすると思う?」 「綾子さんならしそうな気がします」 「もう一度言ってみる勇気ある?」 綾子が自慢の長い爪をひらめかせると、彼は慌てて首を左右に振り、挨拶もそこそこに控室を出て行った。 控室の扉が閉まると、安原はからかい混じりに口を開く。 「愛されてますねぇ」 「人徳よ、ジ・ン・ト・ク。どっかの誰かと違って、アタシは人望があるの」 さも当然のように綾子は言うと、鞄を肩にかけて立ち上がる。 彼は綾子を異性として好きなのだろうけれど、綾子は彼を友人以上に見られないのだろうということを、安原は感じていた。綾子自身がそれを利用し彼もそれを承知で利用されているのだろうということも。そして、綾子がそれに対し、少なからず罪悪感を抱いているのであろうということも。 「ほら、行くわよ。急がないと昼食の配膳が始まっちゃう」 「はい、そうですね」 苦笑し応じると、安原も綾子について控室を後にした。 |
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