ひょいと車から降りると、麻衣はバタンとドアを閉めた。
 長時間車の中へといたせいだろうか、背中が痛い。電車を使えば1時間もかからない場所なのだが、機材の運搬などのために車を使ったおかげで倍近く時間がかかってしまった。目一杯のびをして、周りを見渡す。
 「ふぁぁ、すごい」
 「あんまり口あけてるとホコリ食べちまうぞ」
 いつの間にか隣にいた滝川がこつんと麻衣の後頭部を叩いた。
 「食べちゃうようなホコリもないよ、ぼーさん」
 「それもそうだな……」
 今回、調査で訪れた場所は東京23区内某所のとある私立の女子校――A女子校である。
 23区とはいえ、ついた場所は丘(というよりも、小さな山といったほうがいいかもしれない)の中腹ともいえる場所であり、調査先の周囲は林に囲まれていた。おまけに竹藪まである始末である。丘陵地を拓くかたちで発展していった場所だというから、理由がわかればうなずける話ではあるが。
 「俺は23区内にこんな場所があったことに驚きだ」
 「あはは、綾子とかが喜びそうなところだよね」
 「それより、そこの竹藪がリンに似合いそうにみえてならない」
 林興徐と竹藪。
 オプションはパンダだろうか。と思ったが、あえて麻衣はつっこまずに乾いた笑いを返した。
 「麻衣、遅い」
 馬鹿話をしている麻衣と滝川の横を、機材を抱えたナルとリンが通り過ぎていく。
 「この1分1秒すらも時給に含まれているんですが、谷山さん」
 「ハイ!すみません、所長!」
 一々目くじら立てなくてもいいではないか。
 しかし悔しいが事実は事実なので、麻衣は大人しく作業に取り掛かり、自らも機材を手にナルとリンの後を追いかけた。

 A女子校は中高一貫の私立の女子校である。
 創立年数は然程古くなく、今年で40周年を迎える。生徒数は中高合わせて1500人前後というから、私立の女子校の規模としては普通であろう。入試にさしあたっての偏差値も55〜60の間、年度ごとに多少の上下幅はあるが、概ね57、58程で落ち着いているという。いわゆる中堅校だ。部活動は盛んでない、といってしまえば嘘になるが、特筆して強い部活があるわけでもない。運動部、文化部ともに都大会までは進出するけれども、全国大会には運がよければ行けるといったレベルだ。
 すなわち、A女子高は普通の学校なのだ。
 悪く言ってしまえば大して特色のない学校とも言える。
 「渋谷サイキック・リサーチの方々ですね。おまちしておりました」
 ひとまず校長室へと向かった麻衣たちを迎えたのは、A女子校の校長だ。先日、事務所に訪ねてきた人物と同じ人物。中肉中背、メガネをかけたどこにでもいそうな初老の男性である。強いていえば、満員電車に乗り合わせる中年男性よりも少し品は良い。
 校長の名前は佐藤といった。A女子校に赴任して4年目。いわゆる雇われ校長である。
 すすめられるままに椅子に腰かけ、室内を見渡す。校長室なんて、普段の学生生活では無縁なものだから珍しくて仕方がない。
 「早速ですが、依頼内容の確認を」
 時節の挨拶もそこそこにして、ナルは切り出した。
 「依頼人はこの学校自体と捉えてかまいませんか?」
 何をおかしなことを言い出すのか。
 麻衣は訝しげにナルの顔をみた。学校がらみの依頼なんて学校が依頼人でなければ、他の誰が依頼人だというのだろうか。
 てっきり、「はい」という佐藤の答えを予想していたので、返ってきた答えは意外なものだった。
 「いいえ。私と、一部の教職員ということでお願いします」
 「先日のお話と少し違いますが?」
 「あの後、PTAとの会議で意見が対立してしまいまして」
 何でも、今回の件に関してPTA側はいわゆる“拝み屋”の手を借りることに難色を示しているらしい。あくまで、霊現象ではなく、事故ではないか。学校側の危機管理の問題ではないのかというのだそうだ。それで、しばらくは教職員や警備員による巡回を増やしたり、カウンセラーを常駐させたりといった手を講じたものの、根本的な解決には至らなかった。妥協点ということで、他校からの評判と実績のあるSPRに駆け込んだものの、後々やはりPTA側からは文句が来る始末。結局、PTA側は一切関与せず、教職員の有志達が依頼するというかたちでケリが付いた。
 「我々としては生徒達の安全が第一だと考えております。解決できるひとがいるのならば、拝み屋だろうが何だろうがかまわないんです」
 佐藤の言葉には、これまでの苦労と疲労――そして、ほんの少しの何かがこめられているようだった。それが何なのかは麻衣にはわからない。
 「わかりました」
 理屈さえ通っていればいいのか、ナルはそれ以上は追求しなかった。
 「事件の詳細についてですが……生徒が倒れるということでしたね」
 「はい」
 曰く、生徒が校舎内のある場所で倒れるらしい。「らしい」というのは、現場に直接居合わせたものが1人もいないからだ。校舎内で倒れている生徒が見つかったのが、先月頭。それ以後、3人の生徒が放課後、ほぼ同じ場所で倒れているのが発見されている。そして、その生徒達は全員発見された後にどこか様子がおかしくなっているという。
 そこまで話したところで、校長室の扉がノックされた。「どうぞ」という声に応えて入ってきたのは、小柄な女性だ。まだ若い――新卒、ではないだろうが、教員になってから5、6年といったところだろう。30歳には届いていないようにみえる。
 「校長先生、事務長先生がお呼びです」
 「わかりました。大変申し訳ありませんが、失礼いたします。後のことは、コチラの鈴木先生にお聞きください。――鈴木先生、この方達は先日お話した霊能者の方々です。中学棟の会議室までご案内お願いします」
 「はい」
 佐藤はそれだけいうと、足早に校長室を出て行った。佐藤がいなくなると、改めて彼女は「鈴木です」と言って頭を下げた。
 それに応えるかのようにナルも「渋谷です」と短く応える。
 「後は調査員と協力者です」
 相変わらずひどい扱いだ。と、麻衣が心中で思っていると、リンと滝川がそれぞれ軽く頭を下げた。そうだ、こんなことで腹を立てていてはこの先がもたない。と、思い直し、麻衣も「谷山です」と挨拶をする。
 「部屋が一つ必要とのことでしたので、これからご案内する会議室をお使いください」
 「中学棟とおっしゃいましたが?」
 「ああ、それは校舎の配置です。今この部屋がある建物は高校棟になります。中学棟はあちらになります」
 と、鈴木は窓の外に向かって左の校舎を指す。
 「生徒が発見された場所というのは?」
 「高校藤の3号館です。高校棟に部屋をご用意できればよかったのですけれど、高校棟には空教室がありませんので。ご不便おかけします」
 「3号館というのは?」
 ナルに答えるように、今度は向かって右の校舎を指した。
 「――……全部でいくつあるんですか?」
 鈴木もすぐには答えられなかったようで、少し間をおいてから「見取図をご用意いたしましたので」と、曖昧に苦笑した。
 「詳しくは、会議室に移動してからお話します」







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