会議室には先客がいた。
 「あ、どうもー。車は大変だったでしょう?」
 安原は麻衣達がやってくるのを見ると、立ち上がりお茶を入れはじめる。
 「もう、道路が混んじゃって混んじゃって……あ、あたしやりますから。安原さんは座っててください」
 「じゃあ、おまかせします。でも、電車も大変ですよ、ここ」
 出発時間に都合があわないとのことで安原は後から電車でくる予定だった。もっとも、渋滞に巻き込まれたせいで結局は安原のほうが先についてしまったのだが。
「 何せ、駅から20分以上歩きますからねぇ……しかも、道が入り組んでるし。看板が出てるわけでもないし、地図はインチキだしで、30分以上歩いてしまいましたよ、ぼく」
 「うわぁ……それってS駅から?」
 「いや、K駅からですよ」
 事前情報によると、A女子校はM線のS駅とT線のK駅との間に位置しているとのことだった。距離は五分五分。どちらの駅を使うにしても面倒くさそうだ。
 「松崎さんが来るのって夕方ですっけ?」
 「うん」
 「車、出したほうがいいと思うなぁ」
 「だよねぇ……」
 あの綾子が迷子にでもなられたら洒落にならない。
 「スクールバスっていうんですか?それがあるにはあるらしいんですが、この学校の関係者じゃないと乗せてくれないんですよねぇ……女の子の格好して乗ろうかな」
 ガシャンっと麻衣は思わず魔法瓶を取り落とした。
 女子高生安原。この顔と体格でセーラー服やブレザーは犯罪だ。
 「どうしました?」
 「いいえー。なんでも……」
 はは。と乾いた笑いを漏らしながら、麻衣は心中で自分のリアルな想像力を呪った。

 今回のベースとなる会議室は中学棟の地下一階にあった。
 広さは教室二つ分ほどだろうか。正面にはホワイトボード型の持ち運べるタイプの黒板が2枚とピアノ。部屋全体に長机が長方形にすべて向き合う形で並べてある。床はカーペットなので、あと2日で12月になるという時期だが、冷える心配もない。どこの学校も生徒が使わないところに金をかけたがるのは一緒なようだ。
 「この部屋と、隣のパントリーはご自由にお使いください」
 パントリーには小さいながらも冷蔵庫と流しがついていた。
 「冷蔵庫は使えますか?」
 「はい。一応掃除はしてありますので、冷えるのに時間がかかるかもしれませんが、電源を入れていただければ使えます」
 「自炊はしても?」
 「ゴミの処理さえきちんとしていただければかまいません」
 自炊可能ときいて、麻衣は喜んだ。来るときにスーパーを見かけたから、そこに行けば食材も手に入る。
 綾子にごはんつくってもらおうっと。
 長期戦も視野に入れれば、三色コンビに弁当や出前では気が滅入るし、身体にもよろしくない。時間があれば、パントリーを男子禁制にして真砂子と一緒に料理を習うこともできるかもしれない。
 夏以降、料理スキルがマイナスだと気付いた少女二人はひそかに綾子から料理を習うチャンスをうかがっていた。ことに、真砂子はどうした心境の変化か、最近特に料理に限らず家事能力を身に着けようとしているようだった。
 「基本的に校内の施設はご自由に調べてくださって結構です。ただ、体育館とロッカールームの調査をなさるときは事前にお知らせください。後、理科室等の特別教室も、です」
 その時間帯にその教室を使用しないように調整するから、と鈴木はいった。
 「体育館?」
 「一応女子校ですから」
 「――――……わかりました」
 ブッと滝川が口に含んだばかりの茶をふきそうになった。リンも機材を設置する手を休めてナルを凝視している。安原だけが一人のほほんと茶をすすっているあたりが流石といったところか。
 麻衣の心中も決して穏やかではなかったが、一応これでも「女の子」であるせいか、他の皆ほど衝撃は大きくなかった。
 自分達は霊能者として仕事をしにやってきたし、学校側もそれを承知で依頼してきてはいるけれど。正直なところ、いくら仕事とはいえ、教員でもない成人男子(それも見た目だけはいい)に校内をうろちょろされたくはないのだろう。それも、何人も。
 一歩間違えれば変質者扱いされたも同然の発言にナルがヘソを曲げるかと思ったが、意外なことにナルは平然とそれをかわし、質問を続けている。けれど、何故かその背中が寂しそうなのは気のせいではないはずだ。
 「では、本題にはいりますが。先ほど殆ど概要を伺えなかったので事件の詳細についてお話ください――一番最 初に生徒が発見されたのはいつですか?」
 「先月です。先月の3日」
 「1月……いや、そろそろ2月前になりますね」
 「次の日が創立記念日だったんです」
 だからよく覚えている。という。だが、それが逆に事実を覆い隠すことになったかもしれない。生徒が発見されたのは下校時間が過ぎた19:00近くで、教員達の大半は帰宅していた。そのため、各教員全員がことの詳細を知ったのは5日になってからで、そのころにはすでに事実という純粋な情報が主観によって別のものに塗り固められていた。
 「鈴木先生はそのとき現場にいたのですか?」
 「直接いたわけではありませんが、まだ残って仕事をしていました」
 「そんなに遅い時間まで生徒は残っているものなんですか?」
 「運動部の生徒でしたので」
 その生徒はテニス部員だったおという。通常、10月の時点では18:00には下校チャイムがなり全校下校の規則だが、大会前の運動部になるとそうもいっていられないので多少大目にみることにしているらしい。
 「それでも19:00前には完全下校させないといけないので、巡回に出たところで発見されたようです」
 「それで、発見された場所は?」
 「ここです」
 と、鈴木は見取り図の一点を指す。そこは先ほど話題に上った高校棟三号館の3階の廊下だった。
 「第一発見者の方にお話を伺いたいのですが、どなたかご存知ですか?」
 「たしか警備の方だったと伺っていますが、どなたかまでは……。後で訊いておきます」
 と、そこまで話すと、鈴木は壁にかかっていた時計を見た。
 「すみません、会議がありますので……17:00前には戻れると思いますので、また後ほど」
 「わかりました――……ところで、先生は何年何組をお持ちですか?」
 「3年生です――高校3年生。3年B組を担任しております」
 そうですか。と、自ら訊いたくせに興味が失せたようにナルは返した。







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