鈴木が出て行くのを見送ると、麻衣はちらりと時計を確認する。
 「17:00かぁ……けっこう時間あるね」
 時計の針は15:30少し前を指している。
 「結局、何も進んでないね」
 詳細は半分もわかっていない。鈴木が戻ってくるまで細かいことはおあずけだ。もっとも、その間に機材を設置したりとやることは色々あるのだけれど。
 学校の教員が忙しいのは理解しているけれども。それと自分達の作業が進まないこととの苛立ちとは別問題だ。
 「いや、そうでもないさ」
 滝川は欠伸を噛殺しながら「だろ?」とナルに訊く。
 「まぁ、それなりに」
 「えぇ?うそ。事務所で聞いた話と大して変わってないじゃない?」
 といっても、事務所でも大して見のある話はせずに、「湯浅高校の校長の紹介」ということで二つ返事で(麻衣が)OKしたのだけれど。
 「たとえば?」
 そうさねぇ……。と滝川はマグカップをもてあそびながら、ちらりとナルを見る。ナルにこたえる気がなさそうなのを見て取ると、仕方なさそうに口を開いた。
 「鈴木先生は多分無理矢理俺達のおもり役に回された、とか」
 「ふうん――……えぇっ!?」
 「麻衣、うるさい」
 「――っ!」
 何さ、みんなだってそう思うよね!?
 と、言おうとして周りを見れば、麻衣以外には然程意外な事でもなかったようで、ナルやリンはともかく安原も頷いている。
 「まぁ、高3の担任ですしねぇ」
 「だろ?」
 「――……飛躍しすぎじゃない?」
 鈴木の印象が悪くなかったせいか、滝川の言い方にはあまり賛同できなかった。
 「だって、松山みたいにイヤそうにしてなかったよ?」
 アレでも一応安原の母校の教員なので悪く言いたくはないのだが。と、ちらりと安原を伺えば、「アレ例外ですよ、谷山さん。第一ヒトじゃないんで」と笑顔で変えてくるあたりが恐ろしい。
 「まぁ、松山みたいなのは極端だとしておいて。むこうは依頼人なんだから基本的に態度はいいだろうよ。ただ、なんつーか、教員ってのは基本的に無茶苦茶忙しいんだろ?」
 「そりゃぁ、仕事人だもん。当然でしょ?」
 滝川はどう話そうかというように頭を掻く。
 「それはそうなんだが。HRがあって、授業があって、生活指導に校務に雑務にPTA関連にと。麻衣が思ってるほどヒマじゃねーハズなんだわ」
 「それで?」
 「ひらたくいえば、なんだかよくわからない部外者相手に割いてやれる時間なんてない」
 「それはわかったよ。だから、なんで鈴木先生がおもり役なの?」
 「鈴木先生は高3の担任だって言ってただろう?」
 「うん」
 「おまえのところも私立だろう?高3の担任達は今の時期どうよ?」
 「死ぬほど忙しい」
 受験用の書類揃えに、内申書書き。さらに受験間際の生徒指導にと、師走まで2、3日、センター試験まで1月ちょっとというこの時期は先生たちも最後の追い込みだ。
 「――……えぇと、少年のところは?」
 「ウチは公立でしたけど。ウチも忙しかったと思いますよ」
 「あ、そう……」
 とがっくりと肩を落とす滝川を尻目に、安原は学校側が用意してくれていた茶菓子に手を伸ばした。
 「滝川さんが挫折したようなので、ぼくがかわりに。たしかに谷山さんの通っている学校やぼくの母校なんかはこの時期高校3年生の担任の先生方は死線さまよっていますが。それって、大学受験のためですよね。でも、この学校はちょっと違うんです――これを見てください」
 と、安原一冊の冊子を開いて示す。それはよくある学校案内のパンフレットで、安原が開いたページにはA女子校の昨年度の高等部3年生の進路一覧が乗っていた。
 「8割が大学進学って……普通じゃない?」
 そして、残り2割のうち1割を専門学校と短大、留学、その他(おそらく浪人だろう)が占めている。就職はほんの数名だ。
 「その8割の大学進学の内訳をよく見てください」
 いわれ、進学先を見て、麻衣は小さく「あ」と呟いた。
 「7割が付属の大学に入ってるんだ……」
 「そうです。そして、その付属大学への進学テストっていうのがもう終わってるみたいなんですよね」
 と、今度は年間行事予定表を出し、11月頭をみせた。
 「つまり、高校3年生は殆どが進路がきまっちゃっていて、生徒の大半は部活くらいでしか学校に来ていないみたいなんです。だから、高校3年生の担任の先生方っていうのは比較的暇なんですよ」
 「なるほど……」
 「とゆーことをいいたかったんですよね、滝川さん?」
 「まぁ、な」
 それが麻衣の一言で崩れてしまった、と。
 「私立にも色々あるんですよ」
 「すみませんねぇ、不勉強で」
 「一つのパターンが定石だとは思わないことだな」
 結論が同じでも過程が違っていては意味がない。と、相変わらず冷たい所長サマである。
 「それはともかく――あの校長もどうもおかしいな」
 「佐藤校長?」
 「タイミングが悪かったとはいえ、後手に回りすぎている気がするんだが」
 「そうか?学校組織ってこんなもんじゃねぇの?面倒なことほど報告が遅れたりするらしいぞ」
 「ぼくは日本の一般学校のことはよくわからないんだが?」
 ナルは視線で滝川に説明を求める。
 こんなときに、やっぱりナルは普通じゃないんだなぁと実感する。超自然の学問に関して第一人者の彼が常識的なことを知らないというのがなんだかおかしい。
 「教員って移動があるんだわ。公立だと最長10年くらいしか同じ学校にいられねーの。私立だと逆の勤続何年でもOKなんだけどな。どっちにしろ、途中採用とかもあるし、でかい私立だと付属校同士の間で移動させたりするらしい。で、まぁ、とにかく。そうすると、“その学校に何年いたか”っていうのが重要らしいんだわ。場合によっちゃあ、50歳過ぎのベテランでも赴任したてだと30歳そこそこのヒラに頭下げたりとかあるらしいぞ。あとは、私立の場合だとOB、OGで教員やってるやつが力持ってたりとか。まぁ、きっとどこの社会いっても同じだろうけどなぁ」
 「うーわー。ドロ沼」
 「卒業してからこのお仕事はじめてよかったなぁ、ぼく」
 しかし、安原がいうと今一つうさんくさい。
 「他にも派閥だのなんだのとややこしいことが沢山あるんだそうだ。それで、大事なことの伝達ができていないとかいうこともしょっちゅうだと。あの校長、雇われ校長だっていってただろう?この学校に古くからいる先生たちの派閥と折り合い悪いんじゃねぇの?」
 「――やけに詳しいな、ぼーさん」
 「おまえ、俺をいくつだと?」
 「えぇと、そろそろ三十路?」
 「間違ってないけどもう少しソフトにいってちょーだい」
 少なくとも、俺より三十路に近い男がそこにいるんだからな。と、滝川はあてつけのように呟いた。
 「何にせよ、社会人やってそこそこたつんだから、教員になったり、教育実習いったりした友達の一人や二人くらいいるのよ、俺にだって」
 「お坊さんって教員になれるの?」
 「坊主なめてないか、じょーちゃん……」
 「そんなことないよー。ぼーさんみたいな先生がいたら嬉しいなって」
 「棒読みだぞ、てめぇ」
 坊主だろうが何だろうが資格さえ取れれば教員にはなれる。理屈はわかっているが、目の前の坊主がコレでは説得力に欠ける。
 「馬鹿をやっていても仕方がない」
 パタン。と、ナルはファイルを閉じた。
 「ひとまず動こう。麻衣、安原さん、ぼーさんはとりあえず機材の設置を。生徒の発見された廊下を重点にその建物を全体的に」
 「高校棟の3号館だっけ?そこだけでいいの?」
「そこ以外は今のところ被害が出ていない。全部をカバーするには機材が足りないからな」
 もっとも、高校棟3号館だけでも、教室数は7つに二間続きのPC室と盛りだくさんだ。そこに廊下やら何やらが加わるのだから、中々侮れない。
 「ナル坊よー。3人で何往復すれば終わると?」
 「なら、PCの回線の設置をお願いできますか、滝川さん?」
 「かんべんしてくれ」
 妙なコードやらプラグやらと戯れるくらいなら、まだ機材を担いで走り回るほうがマシである。
 言ったところでナルが手伝ってくれるハズがないとわかってはいるのに、言わないと気がすまないあたりが滝川らしい。
 「ついでにその見取り図に今のクラス名も書き込んできてくれ」
 学校側が用意してくれた見取り図は毎年使いまわして使用されるものらしく、教員室や特別教室以外の教室部分は空白になっていた。
 「了解です、ボス」
 ナルから見取り図を受け取ると、麻衣はそれを丸めて敬礼してみせた。







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