放課後の学校は寂しい。 　教室も、廊下も何年も人が帰ってきていない家のようだ。昼間生徒で溢れかえっているだけに余計にそう感じるのかもしれない。 　「あたし、こういうのって好きくない」 　カメラを設置する手を止めずに、安原は「何がですか？」と聞き返した。 　「放課後の学校。こわいもん」 　「そうかぁ？まだ16：00すぎだぞ」 　「だって、“いかにも”じゃない」 　16：00台なんて尚更だ。今更ながらに小学校のころに聞いた学校の怪談がよみがえる。 　「安心しろ。美山邸のほうが“いかにも”だった」 　それをいわれるとなんともいえないのだが。 　「でも、美山邸にはトイレの花子さんもでっかい鏡も美術室の複製画もなかったし」 　「そのかわりすんげーバケモノがいたけどなぁ」 　「むきーっ！」 　馬鹿にしているのか呆れているのか。滝川は全く取り合ってくれない。 　「美山邸といえば」 　よいせ。と安原は3―Ｂに設置する最後のカメラを台に乗せた。 　「ちょっとこの学校って似てますよね、美山邸と」 　「どのへんが？」 　「建物のつくりがカオスなあたりが」 　狭い敷地で増改築をした結果、Ａ女子校の校舎は変わったつくりになっている。敷地全体をコの字で囲むように校舎が建っているつくりが基本だが、それに併せてさらに三つの建物と体育館がつながっている。それらに規則性がないためにどことなく混沌とした印象がある。 　「1号館2階から階段1階分上って渡り廊下越えたのに、ついた先は3号館の2階だもんねぇ……あの1階分はどこに？ってかんじ」 　その上、現在も、老朽化のための改築をしていえうらしく、ところどころに足場が組まれ、ファザードで覆われている箇所がかなりあった。新校舎も隣接する形で建設され、現在そちらの工事も着々と進んでいるようだ。つまり、この学校はある意味で未完成なのだ。 　たしかに、あの美山邸と似ていないこともない。 　「美山邸っつーより、“エッシャー”だろう」 　ほれ。と滝川は窓の外を指す。 　いわれ、視線を向けた先には入り組んだ校舎たち。この教室からは殆ど全ての建物が丸見えだ。複雑に絡み合ったそれはまるで出口のない迷宮のようだった。 　「あれ、滝川さん、“エッシャー”なんてよくご存知ですねぇ」 　「教養溢るるオトナだからなぁ」 　ブキミ。と、麻衣は小さく唇だけ動かした。 　引戸を閉めて、3―Ｂの教室を一歩出ると、安原が「あ」と呟いた。 　「どうしたの？」 　と振り返ると、安原は無言で廊下の突き当りを指していた。 　「ここでしたね、現場。そういえば」 　高校棟3号館3階廊下。 　馬鹿をやっていたのですっかり忘れていた。 　安原の指す先には大きな鏡がある。壁一面をほぼ覆ってしまうほどの鏡。暗くなりはじめた廊下に立つ自分たち3人の姿がぽつんと映し出されている。 　「生徒の倒れた時間は？」 　「さぁ……発見が19：00近くだったってことしかまだ聞いてませんよ」 　麻衣？と、滝川は訊いた。 　「何かわかるか？」 　「全然。真砂子じゃないんだからさぁ」 　意識せずとも四六時中霊を視ていられる真砂子と違って、麻衣は眠っていないと殆ど霊能力とは無縁だ（とも、最近言い切れないのだが）。 　「ただ――……何か、嫌な感じ。暗くなってきたせいかもしれないけど」 　人気のない廊下は静まり返っていて、やけに自分たちの話し声が響く。すぐ目の前には壁と鏡があって、そこで行き止まりだと解っているのに、この廊下はどこまでも続いていそうな、そんな気がする。 　どこまでも、どこまでも続いて、そこから抜け出せないような。 　滝川は「そうか」と短く返す。 　「よし。とっととトンズラしよう」 　「まだクラス名調べ終わってませんしねぇ」 　「仕事が遅いとナル坊が恐いからなぁ」 　「『たかだか機材設置とクラス名を調べるのに何時間かければ気が済むんですか』って？」 　「そう。ハンパな霊より余程恐い」 　笑いながらその場を後にする滝川と安原においていかれないよう、麻衣もあわてて後に続く。 　「ちょっと、おいていかないでよ！」 　――――…… 　その場を駆け出す直前、麻衣はふいに足を止めた。 　誰かに呼ばれたような気がしたからだ。けれど、振り返ってみたところでそこには誰もいない。 　おかしいな。と首をかしげる暇もなく、反対の廊下の端から滝川の声がする。 　「麻衣―。本当においていくぞー」 　「待ってってば！」 　気のせいだ。 　暗くなりはじめて緊張しているのだろう。と思い、今時分のことは忘れ、麻衣は急いで二人のもとへと早足でむかった。

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