「ちょっと!コレで東京23区内っていうのは犯罪なんじゃないの!?」
 一通り校内を巡って帰ってくると、ベースの中から大きな声が聞こえ。
 ややハスキーな女性の声。綺麗なアルトと反比例するような罵声――綾子だ。
 ただいま。と、扉を開けて中に入ると、予想通り黒髪長身の美女がそれよりも頭一つ分背の高い男と、椅子に腰掛け知らん振りを決め込む少年に喧嘩を売っているという見慣れた光景が広がっていた。黙って座っていれば三人ともそれぞれ絵になるというのに。これではせっかくの美形も台無しだ。
 「麻衣!」
 「はい?いらっしゃい、綾子」
 「『いらっしゃい』じゃないわよ!アンタ、ここ見て何も思わないわけ!?」
 「ん?学校としては待遇いいほうだよね」
 「ちがう!」
 綾子は「あぁっ!もうっ!!」と今にも机を叩かんばかりだった。もっとも、実際綾子がそんなことをすることはないのだが。
 「わかってるよー」
 と、麻衣は言った。そのまま綾子を見ていても楽しいには楽しいのだが、連動してナルの機嫌が悪くなられたらたまらない。
 「そりゃあ、東京の割にはちょっと田舎だなぁとは思うけど」
 「ちょっとぉぉぉぉ!?」
 「あー、かなり?」
 「K駅なんてそのまま電車乗って10分も行けば埼玉なんだから仕方ないだろ」
 滝川は呆れている。
 「それでも!仮にも東京なんだから、駅前にビジネスホテルの一つや二つあったていいでしょうが!」
 「無茶だよ、ベッドタウンにホテルを求めるなんて……」
 「百歩譲ってホテルがなかったとしても!少年の母校と違うんだから、宿直室もないし、プールもないからシャワーだってないのよ!いったいどうするわけ!?」
 「えっ!ウソ!?」
 湯浅高校の時は各自の自宅から通った。緑稜高校の時は宿直室を借りて泊り込み。その他の調査のときも泊り込みのときは依頼人の家に泊まらせてもらえたので、水周りと風呂の心配をしたことはなかった。
 「えぇと……どうしよう?」
 「K駅に行く途中に銭湯がありますよ」
 と、安原はいう。
 「何人かで交代でいけばいいんじゃないですか?――ね、所長」
 「それしかないだろうな」
 ナルはさして興味もなさそうに応えると、資料から視線をあげた。
 「それで、松崎さん。どうでしたか?」
 綾子は忌々しそうに舌打ちをする。
 「えぇ、えぇ、そりゃぁこんなド田舎ですもの!元気な樹だってわんさか」
 「そうですか」
 「あるわけないでしょ」
 最後のほうはナルの言葉にかぶせるようにして綾子はいった。
 「えぇ?でも、この編かなり緑多いと思うけど?」
 「ただ木が生えていればいいってもんでもないのよ。スカスカでも生まれたてでもダメなの。この辺ってたしかに緑はかなり残っているけど、半分くらいは新しく植えなおしたんじゃないかしら」
 「どういうこと?」
 「そうね。今、この辺を一言で言い表すなら、幼稚園と老人ホームを合体させたみたいなもんね」
 「うあ、シュールぅ」
 黙って会話を聴いていたナルは呆れたように溜息をついた。
 「つまり、今回も松崎さんはアテにはできないということですか」
 「失礼ね!わんさかはないっていってるの!」
 綾子はナルをきつく睨みつける。
 「わんさかはないけれど、悪くはないわね。周りにサポートしてくれる樹が少ないのは気がかりだけどね」
 本数が少なければどうしてもできることは限られてしまう。と綾子は言う。
 「どれですか?」
 「感動ってものないの、アンタは。普通ここは「どうしてですか?」って訊くもんよ?」
 「あいにく、そんなものなくても仕事に支障はありませんので」
 「かわいくないっ――まぁ、いいわ。中庭よ」
 「中庭にも樹は沢山ありますが」
 コの字になった校舎の真ん中部分は中庭になっていて、そこには沢山の花やら木やらが植えてある。卒業記念樹を送った場合も矢違反はその中庭にうめてあるようで、ところどころにプレートについた樹があった。きっと、そのうちのどれかなのだろうが、数が多くて中庭だけではわからない。
 「あんなちゃちいのなんて数に入らないわよ」
 綾子は校舎の全景図を指した。
 「ここ。3号館の前にあるモミの樹。あとは、1号館の前にある楠木。使えるとしたらこの二つね」
 「なるほど」
 「使えるっていっても、吉見家の時ほどはアテにはならないからね」
 「そうなの?」
 「あのときは、おじいさんみたいのが沢山いたでしょう?それに比べれば、今度は小学校高学年か、よくて中学生ってところね」
 ふぅん。と、麻衣が曖昧な返事をする。
 「大丈夫です。もとから然程アテにはしていませんので」
 「ほんっっっっっとうに、かわいくない!!」
 綾子は力一杯そういった。







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