「ところで、ナル。鈴木先生は?」
 「あぁ、さっき来た」
 「ふぅん。で?」
 ナルの素気ない態度にひるまず、麻衣は聞き返した。この所長サマは思いの外押しに弱く、こちらが強気な態度で出れば大抵のことは教えてくれるのだ。もっとも、そういうことが解ってきたのはつい最近のことだけれど。
 「倒れてたのは誰?第一発見者は?どうして倒れてた人がいるの」
 「そんなに一気に喋るな。息継ぎ忘れて酸欠になるぞ」
 ナルは小さく嘆息すると、皆を一瞥した。
 「まず、被害者――本当に霊現象の被害者かわからないが便宜上こう呼ぶぞ。これは、3人。高校の生徒の各学年から一人ずつ出ている」
 「1年生一人、2年生二人、3年生三人、ってこと?」
 「そうだ。次に第一発見者だが、一番最初に生徒が倒れていた時の発見者は、さっきもいっていた通りこの学校の警備員だ。この警備員は警備会社からの派遣で他の警備員達とローテーションを組んで警備に当たっている。今日は非番の日だそうだから、詳しい話が聞けるのは明日以降だな。他の二人については通りがかった生徒らしいが、今日はもう下校している。こちらも明日以降攻めるしかないだろうな」
 「なんか、後手後手に回ってるってかんじね」
 綾子がさして緊張感もなさそうに呟いた。綾子の性格からして、待ちの姿勢は好きではないのだろう。
 確かに、ここまで後手に回って動くということはあまり今までなかったかもしれない。調査に入ると、すぐに依頼人から相談されたり、強烈な反応があったり(もしくは、既に何かが起こっている渦中に放り出されたり)というパターンが殆どだ。
 「最後に、被害者三人だが。三人が見つかったのが高校棟3号館3階廊下というのは、さっき話した通り。見つかったときには廊下に倒れて意識を失っていたというのも三人とも同じ。だが、それ以外に三人に全く共通点はない」
 「同じ学校でしょう?顔見知りってこととかは?」
 「三人とも、学年はバラバラ。部活動は、テニス部一人、陸上部一人、帰宅部一人。委員会が同じだった、住んでいる地域が同じだった、ということはない」
 「でも、友達経由で知り合いとかさぁ。あたしも、友達の先輩に遊んでもらったこととかあるよ?」
 「学校側もそこまで把握するのは無理だろうな。これも明日以降確認する必要がある」
 「明日やることが一杯ですねぇ」
 あっはっはっ。と、安原は笑う。まるで他人事のようだが、こういう情報収集は彼のもっとも得意とする分野だ。
 「最後に、三人が倒れた原因だが、これも不明」
 「ふめい――?」
 「三人とも、発見時には一人だったからな。ただ、外傷はないし、持病もない。病院の精密検査の結果も全てシロ――まぁ、この辺のこともカルテをみないことには始まらないがな。それなのに、意識だけが中々戻らない」
 「今も?」
 「いやー―既に意識は取り戻している。だが、一人は自宅療養中で、あとの二人は未だに入院中だ」
 「入院中?」
 「意識を取り戻した後に取り乱して暴れ出したのが一人と、何をしても無反応なのが一人」
 「おいおい、ナル坊」
 滝川が横から口を挟む。
 「これは本当に霊の仕業か?」
 「調べてみないと何ともいえないな」
 ナルは「さぁ?」とでもいいたげに肩をすくめる。
 「ふざけていってるんじゃないんだ。倒れて意識が戻らない?戻ったら戻ったで暴れる?それはもう霊能者の出る幕じゃねぇ。医者の領分だろうよ」
 事が事なだけに、「まちがえました」だの、「やっぱり無理でした」は通用しない。本当に何かしらの疾患等が原因だった場合は、早いうちにしかるべき手段をとらなくてはならない。
 「だから、“便宜上”被害者、だといっただろう」
 そういうナルはどこか腑に落ちないといった表情をしている。おそらく、誰よりもそう思っているのはナル自身なのだろう。「可能性は三つある」というと、ナルは一つずつ指をおる。
 「一つは、生徒の発見場所に何らかの原因があって、それが生徒たちの身体に作用している場合。工事に使ったシンナー系の溶剤が何かの拍子に今更気化しはじめた、とか。そういう可能性も充分にありえる」
 「でも、それだと、被害者が三人だけっていうのが気になりますよね」
 薬品でも建物の欠陥でも何でもいい。しかし、それならばもっと多くの生徒やひいては教職員にまで被害が及ぶはずだ。
 「二つめは、学校側が把握していないだけで、生徒それぞれの身体に何らかの疾患があった場合。喘息の発作を先天的にもっていて激しい運動をしたとか。そういう可能性だ。正直に言おう。ぼくはこの線であって欲しいと思っている――まぁ、可能性は低いだろうがな」
 そうすれば、これ以上被害が拡大する可能性は限りなく低い。
 だが、一人、二人ならともかく、三人同じ場所で、となると難しい話だ。それより何より、被害にあった後の様子の変化の説明がつかない。
 「そして最後に、その場所で生徒が何らからのいわゆる霊的干渉を受けている場合。何にしろ、依頼を受けたい状この線で動く。ただ、そう断定してしまうのには現段階ではデータが足りないんだが――まぁ、だからといって、これ以上被害が増えても困るがな」
 もっとも、高校棟3号館3階は高校三年生の教室しかなく、進学テストの終わった高校三年生は現在殆ど学校に来ていない。すなわち、あの場所には殆ど人が立ち入らないのだ。だから、これ以上被害が拡大する可能性は低いだろう。
 「とにかく、ぼくらの仕事と判断するもしないも、データが少なすぎる」
 ナルは何時になく不満気だ。
 「何にしろ、明日にならないとはじまらないわけね」
 綾子は大して面白くもなさそうにそういった。時計はいつの間にか20:00値悪を指している。生徒も教員も殆どが帰宅している以上、今日はこれといってできることはなさそうだ。
 「安原さん、ぼーさんと守衛室にいって、警備員のローテーション表をもらってきてください」
 「わかりました」
 「今のところ、差し迫った危険があるとはいい難いが、皆、一人にならない方がいいな。」
 麻衣は、ナルの言葉に頷きながら、“というよりも、今まで一人で行動して安全だといえるような調査があっただろうか?”と思った。
 「――じゃぁ、麻衣、お風呂にいこうか」
 「え、あ、うん」
 銭湯の営業時間が何時までかは知らないが、遅くなった夜道を延々と歩くのは遠慮したい。
 「麻衣、長湯と寄り道はするなよ」
 「ちょっと、女の風呂にケチつけるわけ?」
 「ぼくとしても女性の入浴時間に一々口出ししたりなんかしたくないのですが、切実な問題ですので」
 「何よ、それ?」
 「後がつかえてるんです。ぼくらだって、余程の緊急事態でもない限り清潔さを保つためにも入浴くらいしたいので」
 「――……」
 男四人(正確には二人ずつに分かれて行くのだろうが)で銭湯通い。
 そろって仲良くお風呂セットを持って夜道を歩く野郎共の姿を想像したのか、綾子は盛大に噴出した。







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