翌朝、麻衣は6:00少し過ぎに目が覚めた。
 「パントリーは狭くてイヤ」と綾子が言い張ったので(麻衣も同感ではあったが)、そこら辺に並んでいた衝立と机で会議室を仕切って、即席二間として寝起きすることにした。
 もっとも、これはこれで、騒々しくて中々寝付けないとか、寝起きの顔をすぐに誰かに見られるといった弊害があるのだが、いたしかたない。
 「おはよーございます、リンさん」
 今だって、ごそごそと寝袋から這い出したところを見事にリンに見つかってしまった。足に絡まった寝袋を無理やり引っぺがす姿はさぞマヌケだったに違いない。
 「もしかして、一晩中モニタとにらめっこですか?」
 「いいえ。1時間ほど前に滝川さんと交替しました」
 「あ、そうですか……」
 「起床時間にはまだ少しありますが?」
 「や……なんか、目覚めちゃったんで」
 敵意と害意がないとわかっていても、どうもリンとの会話はつながらない。
 「えぇと……今日の予定って何でしたっけ?」
 と、麻衣は訊いた。もっとも、そんなものは既にしっかりと頭の中にあるのだが。
 「今日はブラウンさんと原さんが到着します。機能不明だったデータを集めて、後は原さんの霊視次第ですね」
 またあっさりと会話が終わってしまった。
 さしてすることも思いつかず、麻衣は天井を仰いだ。二度寝をしてもいいのだが、それはそれで気が引ける。かといって、何もしないでボーっとしていても仕方がない。
 さて、どうしてものか。と考えて、ふと、唐突にお腹が空いていることに気付く。一般商店の開店時間にはまだかなり早いが、24時間営業のコンビニエンスストアならば開いているだろう。
 「朝ごはん、買ってきますね」
 ポンっ。と手を叩くと、麻衣は財布を手にベースを後にした。

 欠伸を噛殺しながら、麻衣は正門へと続く道を歩いていた。
初冬の風は予想以上に厳しい。羽織ったカーディガンの布目から冷たい風が通ってくる。コートをきちんと着込んでこなかったのは失敗だったかもしれない。
 なだらかな坂を半分ほど下りた頃に、門の方から話声が聞こえてきた。誰かが言い争うような、そんな声だ。この距離では会話の内容までは聞こえないけれど、穏和な事態になっていないことは確実だろう。
 「――だから、部外者は立入禁止ですって」
 唐突にはっきり耳に飛び込んできたのはそのフレーズだ。対する相手はそれでも尚食下がっているのか、何かを問答する声がする。
 足を速めて正門へと着けば、案の定、そこではこの学校の警備員が門の向こうの人間を追い返そうとしているところだった。
 「しつこいですね。警察呼びますよ」
 相手は色々と弁解をしているようだが、警備員には通用しない。当然といえば当然か。
 「いえ、ですから、ボクは……」
 大柄な警備員に隠れてしまい相手の姿は見えないけれど、麻衣はその声に聞き覚えがあった。
 穏やかでやわらかい声。独特のイントネーション。
 「ジョン……?」
 不審そうにそう呟き、相手の姿が見える位置まで移動する。
 「あぁ、やっぱりジョンだ。何してるの?こんなところで」
 「麻衣さん!!」
 「……お知り合いですか?」
 麻衣の返答も待たずに。ジョンは(ある意味悲痛に)訴える。
 「助けてください、警察に通報されます!」

 *   *   *

 買出しを終えてベースに戻ると、既に全員が起床していた。
 「ただいま。ごはん買ってきたよ」
 麻衣は出迎えてくれた綾子にコンビニの袋を渡した。ごはん、とはいっても、コンビニの出来合いの惣菜や菓子パンなのが少し悲しい。
 「ありがと。一人で大変だったでしょう?」
 「んー?大丈夫。それに、一人じゃなかったし」
 と、麻衣が応えたところで、「おはようございます」とジョンが扉から入ってくる。こちらは麻衣よりも少し大きめのコンビニの袋を抱えていた。
 「ジョン!?」
 「手伝ってもらっちゃったから、全然重くなかったし、平気だったよ。ありがとうね」
 後半の言葉は綾子ではなくジョンに向けられたものだ。
 「いいえ。こちらこそ麻衣さんのおかげで助かりました」
 「何かあったの?」
 麻衣はジョンと視線を合わせると、そう訊いてくる綾子に対し、曖昧に微笑った。不審者と間違えられて警察に通報される手前だったなんて口が裂けてもいえない。
 「思ったより、早かったな」
 珍しくナルが悪意のない笑みをもらす。
 用事が片付き次第合流すると、ジョンはいっていたが、その予定は今日中ということしか聞いていなかった。
 「ボクのほうの用事が昨日のうちに片付きましたんで――もう少し落ち着いてからきたほうがよかったですか?」
 「いや。こちらとしては早いほうがありがたいな。……もっとも、今回は無駄足にさせてしまったかもしれないが」
 最後の方の台詞は内に篭るような呟きで、それを確認できたのはおそらくジョンだけだっただろう。
 「渋谷さん?」
 「今日の予定を話す。食べながらでいいから聞いてくれ」
 ジョンの問いには応えず、ナルは全員を見渡すと口を開いた。
 「昨夜のデータの確認が終わったら、麻衣、ぼーさん、ジョンは3号館の測量に行ってくれ。見取図には正確な数値がないからアテにできない。安原さんと松崎さんは例の被害にあった生徒達の入院している病院に行って情報を掴んでください」
 「わかりました」
 「ナルちゃんよぉ、少年はともかくこいつに情報収集なんてマネできんのかね?」
 「ちょっと、くそぼーず!なめてんじゃないわよ!!」
 綾子はごつんっと、滝川は空になったペットボトルで小突いた。
 「でも、自慢じゃないけど、情報収集とかそういう細かいことは専門分野じゃないわよ、アタシ」
 ナルは面倒くさそうに――そんなことはハナから知っているといわんばかりに、口を開く。
 「いくら学校側の要請があるとはいえ、家族や病院側が、簡単に生徒に会わせてくれると思うか?最近、特に無駄にプライバシーがどうとかいわれているのに。ぼくたちは警察でも何でもないんだ」
 「だったら、尚更」
 「R大付属病院――……大丈夫ですよね、松崎さん」
 にっこり。と、ナルがぞっとするくらいに綺麗な笑みを浮かべる。触れたら火傷でもしてしまいそうな、絶対零度の微笑みだ。
 「……今年の春にウチからR大付属病院に移ったひとがいたと思うわ」
 「十分です」
 コネでも何でも使って、脅迫してでも間何か掴んでこい。
 今のやり取りを意訳するとそういうことだ。きっと、そのひとにとっては、松崎総合病院の院長の娘直々の頼みとなれば迂闊に断ることもできないのだろう。
 それにしても――……
 「ねぇ、それって犯罪っていわない?」
 「見解の相違というやつだな」
 と、ナルはいつもどおりの皮肉気なえ笑みを見せた。







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