10:この感触 |
「じゃあ、また」といって、彼は廊下の向こうへと消えていった。 ピコは彼が去っていった方向をしばらくずっと眺めていたが、軽く溜息をつくと、廊下の壁に寄りかかる。 やはり違うのだろうか。 そう考え、ピコはすぐにそれを否定した。 話せば話すほど、彼はよく似ている、そう思った。一瞬でも見間違いだったのではないかと疑った自分が馬鹿みたいに思えるほどに。 あのときだって一緒にいた時間は僅かだし、それ程多くの言葉を交わしたわけではないけれど。彼の話し方や、些細な仕草などはとてもよく似ていた――まるで、そのものとでもいうように。 歳も一致する。 彼が話したてくれたことだって―― それになにより、ほんの一瞬、腕を掴んだときのあの感覚――証拠も何もないが、あの瞬間に確信した。 彼、だと。 前にも似たようなことがあっただろうか。 そう思って記憶を辿ると、たったひとつだけ思いあたる節があった。 ――マコを迎えに行くときの……。 あのときは、ピコが彼に手を引かれていたのだけれど。 ふとピコは苦笑する。 それはもう何年も前のことなのに(しかも、その時のピコは半幽霊で肉体を持ってすらいなかったのに)、あのときのことはすべて鮮明に覚えている。あのとき経験したこと、感じたことのすべて――彼がピコの手を引いていたときの感覚すらも。ともすれば昨日の記憶すら曖昧なことだってあるというのに。 ――それにしても、 今しがたの彼のことは気になった。 彼は、今、生きて、そこにいるのに、その存在が何となく希薄なようにみえる。 何故だろう、と考え、すぐに思いあたった。 すごく、寂しそうに微笑うからだ。 あのときの彼と同じように。もしかしたら、だからこそ、ピコは確信をもったのかもしれない。 なんとはなしに、ピコは左の手で利き手を包んだ。 手の中にはあのときの感触がまだ残っている。 ――忘れないようにしよう。 何のためかはわからないけれど。 それは、彼が確かに存在したことの、そして今生きていることの証のように思えた。 ――また、会えるよね。 相手が生きて、こんなに身近にいるならば、その確率は高いだろう。 ただ、一つ気になるのは、あのマヌケな問にたいする彼のこたえだ。勿論、予想済みのこたえではあったけれど。 彼の時間がループになっているのか、それとも、 ――もしかして、まだ……? しかし、これを肯定すると、他の皆の存在がめちゃくちゃになる。 『ありえないものをすべて取り除いたときに残ったものは、どんなにありえなさそうでも本当だよ』 あの人ならそういうだろう。 やはり、彼が何なのか。 これはもう一度考える必要がありそうだ。 次に会ったときには訊かなくてはならないことが――訊きたいことが沢山ある。 自習室に戻る前に缶をゴミ箱に捨てようとして、ピコはその中身がまだ残っていたことに気付いた。仕方なしにその中身を飲み干す。 ぬるくなった缶の中身はお世辞にもおいしいといえたものではなかった。 |
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