12:カレンダーに印を |
「ったく、ヒマだなぁ」 と、暴走族は呟いた。 「暇ですねえ」 と、部長が頷く。だが、新聞に目を通しながらの返事はどこか上の空だ。 「あーあ」 と暴走族は掃除機を爪先で蹴る。立てかけてある掃除機はバランスを崩して床に倒れた。 「ちったあ、落ち着けよ、お前」 「だってよー。ヒマじゃねぇか」 そう言われて、ヤクザは渋い表情をした。 確かに、暇である。 ヤクザだって、手にした愛用のハタキで一応棚やら何やらの埃を払ってはいるが、それももう三度目だ。そろそろ払う埃もない。 暴走族のいうことももっともだ。 「……まあ、暇だよなぁ」 「だろ?」 「せっかくの休みなんだ。少しくらいのんびりしたらいいじゃないか」 ぱらり、と部長が新聞を捲る音がする。 「休みたぁ、ちょいと違うんじゃねぇか?」 「これが休みならオレは泣く!」 暴走族は大袈裟に泣き真似をしてみせた。 「何が悲しくて野郎三人で狭苦しい倉庫に押し込められなきゃならねぇんだ!休み?これが休み?休みっつーのはもっとこう海で山でウフフアハハなそんな展開をいうんじゃねぇのか!?」 違う。 暴走族の休みに対する認識も著しく違うが、それ以前に、これは休みではない。 「どこでだろうと、ゆっくりのんびりできれば私は構わないよ」 「オレはあんたの神経を尊敬するよ、部長さん」 はぁ。と、暴走族は溜息をついた。 まったくだ。 と、ヤクザも声に出さずに同意する。 手持ち無沙汰になったのか、「よっ」と声をかけて暴走族は掃除機に跨った。 そもそも、何故三人がこんなに暇だ暇だとぼやいているかといえば、発着ロビーから追い出されたからだ。 少し前から、発着ロビーは役人二人以外立入禁止区域となっている。 理由は知らない。 エンジェルが、確か、機密情報を取り扱うから云々いっていた気がするが、詳しくはよくわからない。まぁ、あの狸(空港内の他の住人がどう思っているのかは知らないが、あの白い方の役人はなかなかくえないヤツだ、とヤクザは思っていた)のことだから、本当の理由なんざ話しちゃいないだろう。 何にしろ、そのせいで、彼等三人は倉庫内の掃除と整理でもしていろ、といわれていた。 最初は大人しく(?)掃除をしていたが、限度がある。終わってしまったところを何度も掃除する気にはさすがになれなかった。 それにしても、とヤクザは思う。 厄介なことにならなければいい、と。 しかし、同時にそれは無理だということもわかっていた。 あの役人二人が絡んで、この空港内で厄介事が起きなかったことはないのだから。 今迄の経験則からいえば、今日か明日くらいにはまた何かしらの事がおきるだろう。 案外、もうそれは彼等の知らないところで始まっているのかもしれない。 だとしたら、巻き込まれるのは時間の問題だ。 「い゛……っ!?」 と、唐突に暴走族の奇声が響く。それと同時に何か重いものが落ちる音がした。 「どうした!?」 見れば、積み上げてあったダンボール箱の山が少し崩れている。そしてそのすぐ近くの床では暴走族がのびていた。どうやら、掃除機の上に乗っている間に体勢を崩したらしい。 「っ……いってぇ……!誰だよ、こんなところにダンボール箱なんか積んだやつ!」 「お前だ、お前」 「あー、一応きいておこうか。『大丈夫ですか?』」 「大丈夫じゃねぇ!」 毒付きながらも暴走族はダンボール箱を拾い始める。いくつかは破損し、中身が出てしまっていたので、渋々とその中身を新しいダンボール箱に詰め替えはじめた。 「お?」 しばらくすると、暴走族の手が止まった。 「なぁ、ちょっと!」 「どうした?」 「今年って何年だ?」 「西暦で?」 「そう」 「西暦なら200×年だよ」 「ふうん」 わかっているのかいないのか。部長の問いに暴走族はあやふやな返事をした。 「じゃあ、これって随分前のだよなぁ」 と、暴走族は一枚のカレンダーをみせる。大きな一枚の紙に1年12ヶ月365日が書いてあるタイプのものだ。 確かに、年を示す西暦は数年前のものとなっている。 「これって棄ててよくね?」 「終わったカレンダーですからねぇ」 「つか、こんなのがあるなんて、いつから掃除してないんだよ、ここ」 その言葉に、初めて掃除に入ったときの惨状を思い出す。 いつから掃除をしていないのか。 それはあんまり考えたくなかった。 「まあ……じゃあ、これも棄てるってことで」 ヤクザは暴走族からカレンダーを受け取り、ゴミ箱にいれようとする。 カレンダーの年が気になり、その年のことを思い出し――そして、直ぐに思いいたる。 「こりゃあ、あの嬢ちゃんが来た年のか」 あの嬢ちゃん。 彼等の間でその単語が意味するものは一つしかなかった。 「ピコが来た年?」 「うっそ。マジで?」 ヤクザは、部長と暴走族にも見えるように机の上にカレンダーを広げ、年度をさす。 「ほれ。確かにこの年だろ?」 「うーわー、超懐かしい」 「元気にしてますかねぇ」 実際には数年前とはいえ、此処の住人達にはそのくらいの時間はないも同然だった。 「おや?これ、誰かの私物だったんかね?」 「は?」 「書き込みがしてある」 ヤクザはカレンダーのとある一日をさした。 2月の終わりのある一日だ。 「あいつらか、前のヤツらのじゃねぇの?じゃなきゃ、ここに私物なんておけねぇし」 「役人がカレンダーに書き込みなんかするかねぇ?」 基本的に、此処の住人にカレンダーは必要ないはずだ。 体内時計をあわせることと、気分転換以外に日付は関係ない。 「――メソだ」 「は?」 部長の口から出た名前に、ヤクザと暴走族は鳩が豆鉄砲をくらったような表情をする。 「だから、メソのだよ、これ」 「メソって――あのメソか?」 「あの坊主?」 「他にいないだろう」 メソ。 この単語が意味するものも、彼等の間では一つしかなかった。 確かに、この年なら、まだメソは此処にいたけれども。 「でも、どうして?」 「この日――国立大の入試の日だろう」 毎年若干の変動はあるが、確かこの時期だったはずだ。と、部長はいった。 「そういや、そうだったかもな」 「言われてみれば、そんな気もする」 「そんな他人事みたいに」 「だって、オレ大学受けてねぇもん」 「俺も」 「…………」 まぁ、とにかく。 と、部長はいった。 「確か、メソの行きたかった大学はその時期が試験の日だったと思ったがね」 「――そうか」 ということは、この日試験を受けて、そして死んだのか、あの子は。 運命の日、だとか、審判の日、なんぞという陳腐な言葉は好きではないが、似たようなものだったのだろう。あの子にとっては。 試験なんぞクソ食らえ!だった(というより、真面目に試験をうけた記憶のない)ヤクザにしてみれば、入試なんていうものの大事さは欠片も理解できないけれど。面子を賭けた決闘に敗れた気持ちなら何となくわかる。 おそらく、あの口振りからするに、あちら側に引き止めてくれるようなものもなかったのだろう。 ――イジメ。 確か、そう聞いた。ヤクザが生きていた頃のものとはどうやら質が違うらしく、説明されてもよくわからなかったが。 ぼんやりとそんなことを考えていると、唐突にキュッと音がした。 見れば、暴走族がマジックでカレンダーに何かを書いている。 「お前……」 「よし。できた」 「何書いてるんだよ?」 「んー?」 暴走族はカチっと音をたててマジックのフタを閉めた。そして、何故か得意気にその紙を大きく広げて見せる。 「カレンダーってよ、予定とかも書くけど、記念日とかだって書いてOKだろ?」 暴走族が今し方何かを書いていたところをみれば、ある日付――あの日に、先程まではなかった大きな円印がついていた。 確かに、印をつけるのにこれ以上相応しい日はないだろう。 「なるほど」 「違いねぇ」 と、ヤクザと部長は笑った。 |
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