02:雑踏に紛れ

 平日の昼間だというのに、駅前の繁華街はざわついていた。
 沢山の人でごった返した歩道は歩きにくいことこのうえない。
 夏休みにはまだ少し早いが、制服姿の学生の姿が目立つ(もっとも、ピコもそのうちの一人だけれども)。学校にもよりけりなのだろうが、今は概ね試験期間か補講期間なのだろう。早く学校がひければ、学生達が遊びにでないわけがない。まして、昼下がりというこの時間。遊んで下さいといっているようなものだろう。
 とはいえ、ピコ自身が遊びに繰り出してきたのかといえばそんなことはない。
 遊ぶ相手がいないのだ。
 別段、ピコに友達がいないとかそういうわけでは決してない。ただ、仲の良い友達は皆補講にひっかからなかった。だから、今日学校に来なかった。それだけだ。
 補講にひっかかった自分が悪いのはわかっているが、仲間内で自分一人だけ補講を受けているとなんとなく悔しい。
 おまけに、今日の補講は最悪だった。
 抜き打ちテストがあったからだ。補講のくせに。
 補講は通常の試験で及第点をとれなかった者を救済するためのものであるはずだ。何故補講でまで蹴落とされるような目にあわなければならないのか。何となく理不尽な気がする。これで及第点をとれなかったら、次はどうなるのか――それはあまり考えたくない。
 はぁ。とピコは溜息をつく。
 加えてこの暑さだ。
 暑さは嫌な思考に追い討ちをかけるだけで、何の得にもならない。
 ――駅ついたら、ジュース買おう……。
 買い食い(この場合は買い飲みだが)は校則で禁止されていた気がするが、この際だ。そも、普段は全く校則なんて気にしないのだから、こんなときにだけ気にするなんておかしなはなしだろう。
 運悪く先生に見つかりでもしたら、素直に謝ればいい。大体、先生方だってこんな暑い中を歩いてきて自動販売機を見つけたら、ジュースの一つや二つ買いたくなるに違いないのだから。
 そこでまで考え、ピコはふと立ち止まった。
 ――お財布、あったっけ?
 今日一日、未だ財布を必要とする状況に遭遇していなかったのでその存在をすっかり忘れていた。
 いつもの習慣で鞄に入れているとは思うのだが、昨日鞄を整理した前後の記憶があやふやだ。
 しばらく鞄の中をごそごそと探すと、柔らかい使い込んだ皮が手に触れた。馴染みのある感触に、ほっと息をつく。
 この状況で財布がないだなんてことになれば、軽くパニックを起こすことは必至だっただろう。
 ピコは鞄を閉め、再び歩き出す。
 「!」
 その瞬間をどういえばいいのかはよくわからない。
 概視感、という言葉があるが、それとも少し違う気がする。
 一種の懐かしさではあるのだろうが、一概にそうはいいきれない。
 何年も前に閉じた、小さい頃の宝物の詰まったおもちゃ箱を開けたような――二度と見つからないと思っていた失くしたものをみつけたような、そんな感じだった。
 ピコは一瞬だけ足を止めると、直ぐに踵を返して走りだす。
 ――うそでしょう?
 内心で呟きながらも、どこかで期待していた。
 すれ違ったひとは、彼に――友達に、とてもよく似ていた。
 ありえない。そんなはずはない。
 それはわかりきっている。
 それでも、彼は、とてもよく似ていた。
 一瞬のことだ。見間違えたのだ。そう片付けることは簡単だが、それはできなかった。
 頭で考えるよりも先に足が動いている。
 そう長い時間を一緒にいたわけではないけれど、何故か彼を見間違えることはないという自信があった。季節柄、詰襟の学生服こそ着てはいなかったが、それでも。
 勘というものがあるのならば、これがきっとそうだろう。
 ピコの勘は、彼だ、とそう告げていた。
 「すみません……っ!通して!!」
 こんな場所で走ろうなんて傍迷惑なことこのうえないが、そんなことはどうでもいい。
 はやく……!
 はやくしないと!
 「すみません……!」
 見覚えのある後ろ姿はどんどん小さくなっていく。
 今見失ったら、きっと、もう二度と会えない。
 まって!
 「通して……っ!」
 いかないで……!

 なんとか人混みを切り抜けて、ピコはようやく足を止める。
 肩で大きく息をしながら、慌てて左右を見渡す。そして、一際大きな息を吐くと俯いた。
 雑踏の間に紛れて、彼の姿は消えていた。















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