03:信号を見ながら |
数日後、ピコは駅前のロータリーにいた。 手近な柱に適当に寄りかかる。そこからは改札から流れ出てくる人達と、駅へと向かう人達がよく見えた。忙しなく行き交う人々は、ロータリーの信号に整理されて、規則正しく動いている。ピコはぼんやりとそれを眺めていた。 あの後、しばらく辺りを捜してみたけれども、彼を見つけることはできなかった。 やはり見間違いだったのだろうか。 そんなはずはない、と思っていても、今になって、もしかしたらという気になってくる。 理屈で考えればおかしいのだ。 死んだ人間は生き返らない。 これは真理だ。 死んだ人間の時間は止まってしまって、動くことはない。 死は不可逆的で、かつ不遡及だ。 後からやってくるということはない。 彼は確かに死んだ。 それは事実だ。 彼は死んで――それからどうなったか、ピコは知っている。 だから、彼が生きてここにいるはずがない。 そんなことはわかっている。 でも。 あれは彼だった。 どうしても、他人だとは思えない。 世の中にはよく似た人間が三人はいるというけれど、それとも違う気がする。 理屈ではない何か。 それは数日たった今でも、あれは彼だと告げていた。 だから、こうしてピコはここにいる。 彼を見かけたのは、この駅へと続く繁華街だ。あの時、彼は駅の方から繁華街を歩いてきた。その後どこに行ったのかはわからない。おそらく確かなのは、この駅を使ったのだろうということだけだ。 だったら、 ――駅で見張るしかないじゃない。 というわけで、毎日毎日補講の帰りに駅前で待ち構えているのだ。 そんな理由でもなければ、このくそ暑い中、何時間も外になんかいられるものか。 途中で喫茶店に入って涼んだりはしているけれど、それとこれとは別問題。 駅前が観察できる喫茶店は残念なことに一軒しかなかった。そのため、必然的に毎日そこに通うことになる。おかげでそろそろ店員に顔を覚えられそうだ。 そんなことを数日続けてはいるものの、一向に彼は現れない。 流石のピコも自信を失くしかけてきた。 ――やっぱり人違いなのかなぁ。 よしんば、彼だったとしても。 たまたまこの駅を使っただけならば、もう一度現れるという可能性は限りなく低いだろう。仮に、彼がこの駅を使っていたとしても、ピコがここにいる時間以外でのことだったならば、こんなことをしていても無意味だ。 そう考えると、なんだかとても不毛なことをしている気になってくる。 それでも、ピコが懲りずに数日続けたことにはそれなりに理由があるわけで。 ――あの制服、多分R高校のだった……。 R高校はこの駅に通っている路線の沿線にある高校だ。付属の大学はないから、殆どの生徒は塾や予備校に通って大学受験に備えるはずだ。そして、あの繁華街の外れには、この近辺で最大手の予備校がある。 だから、彼はあのままその予備校に行った――そう考えていた。 今までの思考を思い返して、ピコは溜息をつく。 この行為が、何だかとても後ろめたいものに思えてくる。何も悪いことはしていないのに。 ――これって世間からみれば偏執狂ってやつ? たった一度すれ違った相手を待ち続けるというのは、あまり気分の良い話ではない。 ――……あたしのこと知らないかもしれないしね。 彼だったと仮定しても、彼があのままの彼だとは限らない。彼が存在するということは、彼が死んだという事実がなくなるわけだ。そんなありえないことがおこるならば、どこかでひずみが生じている可能性は充分にある。 うまれかわり。 多重存在。 彼が死なずに全く別の人生を送っていることだって――。 彼のその後とは矛盾するけれど、ありえないということはありえないのだと、ピコはこの何年かでよく学習していた。 『生きるとは夢をみることに非常によく似ている』 脳裏に目深に被った帽子の下で笑う顔が浮かぶ。 ――会わないほうがいいのかなぁ。 彼が何事もなく平穏に生きているのならば、それで充分な気もする。 それに――彼が、あのときのことを覚えていなかったら――知らなかったとしたら、とても寂しい。 できれば、そんな思いはしたくない。 それにしても、どうして彼なのか。 あのとき出会ったひとは彼だけではないのに。 『世の中には必然しかないんだよ』 ――おじさんならそう言うかもね。 偶然にみえることだって、全て必然の積み重ねなのだ、と。 だとしたら、これにはやはり理由があるのだ、きっと。考えたところでそれがわかるはずもない何か、が。 考えてもわからないことは考えない。 妙なところで悩んでいても仕方ない。 何れにしろ、なるようにしかならないのだ。 ピコはもう一度溜息をつくと、視線を上げる。 ロータリーの信号は丁度青に変わるところだった。 |
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