08:見上げた空に

    蝉の声がした。
    7月も半ばを過ぎ、後半にさしかかると、空気が変わる。
    梅雨が明けて気候そのものが変わるからか、それとも――単に昼日中に外に出ている子供の数が増えるからかもしれない。
    ピコは教材のぎっしり詰まった重い鞄を肩に掛けて、駅へと向かっていた。今日も今日とて件の予備校に行くためだ。
    駅までの道すがら、ピコはなるべく日陰を選んで歩いた。今日は風があるから、日陰にいればいつもより幾分楽だ。
    肩にかけた鞄の持ち手がくいこんでくる。もしかしたらこちらのほうがつらいかもしれない。
    日陰が途切れるところで、ピコはふと立ち止まった。
    ここから先は暫く日向の道だ。この気温の中、太陽の燦々と照るところを歩くのは、やはりしんどかった。
    なんとはなしにピコは空を見上げる。
    7月の空は雲一つなく晴れ渡っている。
    ――今頃、どうしているだろうか。
    そう考えたときに思い出す顔は必ずきまっていた。
    今日も元気でいるだろうか。
    何かかなしいことがあって、つらい思いをしていたりはしないだろうか。
    そんなことを考える。
    もっとも、向こうにしてみれば、そんなことはいいから生きている自分の心配をしろ!ということらしいが(彼に向こうの様子を訊くたびにそう返ってくるのだ)。
    それと――
    ピコはあの頃の自分と同い年の女の子を思い浮かべた。
    色白の肌と長い黒髪が印象的な女の子。
    とてもやさしくて、お母さん思いの子だ。
    あれから大分経って、ピコは年をとったけれど、記憶の中のあの子はあの頃のままだ。
    あの頃のまま、歳をとることはない。
    そして――
    もう一人浮かんだ顔を脳裏に焼き付けるように、ピコは瞳を閉じた。
    彼に対して自分がしたことが果たして良かったのか悪かったのか――それはわからない。
    あの時はあれが最善だと思ったけれど、それはピコの思う最善だったのであって、彼にとってあれは本当に良いことだったのか。
    今となっては確かめることなどできないけれど。
    もし、それができるとすれば――
    ――もしかしてそのために?
    一瞬浮かんだ考えをピコは即座に否定する。
    いくらなんでも考えすぎだろう。
    結局、会ってみなければ何も始まらない。
    何れにしろ、会ってみなければわからないことなのだから。
    二度、三度と軽く頭を振って、ピコはその思考を追い出す。
    そして、日向の道に一歩踏み出した。
    
    
    





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